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インフルエンザが治ったので、昨日も今日も天狗に行った。帰りはカーブスに寄ってゆっくりストレッチをしてくる。
高熱があったときは、一度冷えてしまった足首から下は中々体温が戻らなかった。いただいた糠袋があったのでレンジで3分チンして足首に枕にして、ようやく暖まって寝ていた。 もともと60代に入った頃から足首が冷えるようになっていた。でも体を横にすればすぐにポカポカ・・以上のホテリを感じていたのだ。 スキーと言ったっていつも書くように5本くらい。今日は視界が悪くなってきたので3本で山を降りた。カーブスで30分の運動を終わってすぐに血圧を測る。まだハァハァいっているときに測るのに、スキーの帰りはいつも血圧は上がっていない。不思議だ。 きっとスキーの滑り出しのときに上がって、カーブスの運動のときには体が慣れてきているのだ。 よく眠れる。 血流は体を動かすことで活発になる。当たり前のことが実感された。 朗読に行って89才の女性と1時間もおしゃべりをしたことがある。朗読どころか傾聴ボラになった。足の血流が悪くなって「いよいよ切断か・・」というところまで行った。 2週間入院していて薬が利いてきてなんとか血流が認められた。 退院してきたばかりだと奔流のように経緯を私に語った。 この方は頭の方の血流はかなり良い方であった。年を重ねるということは末端まで血が通わなくなることである。そうなると壊疽になるのか・・と冷える我が足を考えて愕然とした。 頭の方の血流も心配だが、手足の切断も困る。 今はこうして運動ができるが、89才までは自信がない。 ![]() 昨夜ガイアの夜明けで「スマートフォンの光と影」というのをやっていた。
田舎の或る町では、高齢者にスマートフォンを与えて、89才も使いこなしていた。自宅には緊急連絡などもすぐ付くようになっていた。 足の悪い高齢者には連絡すると自宅近くの停留所まで、町のバスが迎えにして買い物や病院へ出かけられる。これは過疎を逆手にとったサービスだ。過疎だからこそ出来る。 また、スマートフォンの初歩の教室もある。手ほどきを受けた人は売り場で購入して仲間と楽しんでいた。 ふ~ん そういう時代になったか。今だにXPを後生大事に抱えている私である。 朗読小町というアプリがあるのを知った。可愛い少女の漫画が出て、夏目漱石などを読む。 入院している時は手放せなかったと。・・・350円位で読めるそうである。 そういうアプリに紛れ込んで悪いことを企むものもいる。知らないうちに何万円とお金が引かれている。そういうのを必死に防いでいるところらしい。 なんか見ていると私も欲しくなったが、お金が結構かかるらしい。もう少し様子見といこう。 ![]() 今度は猫エサのぼやき。
ショウマがフウロのエサを欲しがって、足元をちょろちょろして鳴くのが不憫でたまらなかった。体のためとはいえ、そんなに不味いものを食べて短い一生を終えるのか・・・ たま~にフウロの食べ残しがお皿にひっついているのをやることがあった。熱心に首をふりふり隅から隅まで舐め尽くす。(涙;;; 療法食の缶詰をやったらどうか・・と取り寄せた。24缶セットで5440円。1缶156グラム。フウロの食べている缶詰の倍近い値段だ。 それが最初は舐めた。少し食べた。フウロも盗み食いをしていた。3度目位からは翌朝までそのまま残って干せている。時々ショウマはヒステリックに砂かけ動作をする。 見るからに不味そうな色。どうしてこう不味いものを作るのだろう。 手作りをしてやりたいが、ショウマは魚はマグロの刺身しか食べない。人間用の缶詰もダメ。 フウロのが欲しいのだ。 この缶詰どうしよう。ノラだって食べないと思うよ。 今朝の2匹。フウロに首をつかまれて・・・ ![]() せめて窓辺に春を ![]() 豪雪の岩見沢のことを思ったら文句も言えないが、小樽も積雪88センチとの公表である。
コチケチしてたってとボロ屋の家をいたわることにした。 そもそもが屋根の雪下ろし代を払いたくないばかりにスノーダクトというものにしたのだった。大金を掛けた。なのにそれが裏目にでて、さらに高い雪下ろし代につながるとは・・・ 不勉強のたたりである。 スノーダクトというものは専門家にいわせれば難しいものだそうだ。それを普通の大工さんに任せたからこういうことになった。その頃の私は幼児のようなもので、医者と言えばどの医者だって専門家・・みたいに考えているところがあった。 だから引き受けるのだからちゃんと知識も技術もあるのだろう。と思っていた。(恥;;) 失敗してもくよくよしないのが取り柄の私。また今年も56000円の出費をした。 払えるお金があって幸せねぇ・・ときたもんだ。(ヤケクソ) ![]() 無事雪下ろしも終わって家横に8メートルの道が付いた。早速奥に用事のある車が入る。 通行料100円もらおうか・・と娘を笑う。もっと奥までやってくれと言う人も(^^)。 ![]() しかし機械は頼もしい。それを駆使する技術者も。 でもでも雪が溶けたら絶対に横の花壇はレンガも土もメチャメチャになってると思うよ。 屋根でドンドンしようがブルが唸りをあげようが、平気の平座で寝ている2匹。 ![]() 招き猫でもして金運でもつかんこんかい。
昨夜はもう平熱に下がっていたので処方されていた薬も飲ますに、3日振りにお風呂に入って髪も洗った。さっぱりした。やれやれのインフルエンザ台風である。
さして喉も痛くなかったのに、いつの間にやられていたのか声がガサガサになった。 そしてこのあと2週間くらいは痰に悩まされることだろう。切れが悪いと息ができなくなって涙が出るが、菌と戦ってくれた白血球の残骸なのだ。有難いと思わなくちゃ。 高熱の出たあとは筋肉がボロボロになる。足に力が入らない。スキーヤー仲間が一番恐れることなのだが、まぁ、私ぐらいののらりくらりのスキーならなんということもあるまい。 仲間からのメールをみると、あの人もこの人も・・と続々倒れていることが分かる。普通風邪なら4・5日の潜伏期間があると思われるのに、今回は翌日の夕方から症状が出始めた。すごいスピードで駆け抜けたのだ。・・駆け抜けた・・と思いたい。まだいた・・なんて言わないで。 毎年律儀にインフルエンザのワクチンを打っている人でも軒並みやられた。A型でないと有効ではない。だから私は打つ気にならないのだ。 元気にはなったが、これだけの菌が暴れまわった老体だ。ダメージも大きいだろう。暫くおとなしく家にいなければ。 マスクをして図書館に行った。小さい子が来ないうちに開館すぐに行って絵本を借りてきた。 2月の絵本を楽しむ会に読む本が決まっていない。 ![]() 30日は犬ボラの新年会だったが自粛してキャンセルした。HPからはたった1匹残っていたユキちゃんが消えていたので、聞くと若い夫婦の許へもらわれていったという。 たった1匹だけ残った小さなユキちゃんを哀れんで、ボラ仲間の一人が自宅へ連れていって面倒を見ていたのだ。よかったねぇ。 若い夫婦さん、喧嘩別れなんかしないで仲良くしてユキちゃんを可愛がってね。 熱は薬のせいで下がるが、翌朝計るとまだ38度まで上がっている。でも初日熱の出るまでが食欲もなくいちばん元気がなかった。
幸い娘が休みだったので、うどんを作ってもらったりしたが、どうしてもうどん2本くらいしか喉を通らなかった。水分を取ろうと水を飲んだが、ベットまで運んでもらった。 こういう時は家族のいるありがたさ。 マスクをして病院へ行った。ついでなので血圧の薬も貰ったので5種類にもなった。みんな熱を下げるとか、喉の痛みを抑えるとかの症状を緩和する薬ばかりである。 薬を飲むと熱が下がりなんでも出来る気分になるが、この際ゆっくり寝ていようと終日ベットの中。2ニャンズと同じくらいの睡眠時間を取った。 体温計が壊れていた。以前熱を出したときはいつごろだったのだろう。 娘が体温計を買ってきてくれた。「あんなに色々な体温計があるなんて知らなかった」と。 15秒で測れるオムロン1800円のを買ってきた。 15秒たつとジジ ジジとなるのだが、私には耳をくっつけないと聞こえない。娘は離れたところから鳴っているよという。゚(゚´Д`゚)゚ 今朝は左脇に体温計を挟もうとしてエラーが出た。左脇にはショウマが居てちゃんと挟めなかったのだ。大笑い。 ![]() やられました~ インフルエンザ。ダウンしてます。
↓この宴会に強力な菌を持ち込んだ人がいるようです。 私の席にならんだ人が次々罹っています。大分回復してきましたが、今日もごろごろ寝ているつもりです。あ~ぁ。゚(゚´Д`゚)゚ OSSのクラブに遊々クラブがある。今年もその主催で百人一首と一人百首のカルタ取りが行われた。石川啄木の歌を百枚の木札で取る。下の句を取るのだが、百人一首の方は下の句の初めの句は字が大きい。啄木の下の句は字が大きかったり、大きな文字の横にみみずが這ったような小さい字だったり、意地悪に出来ている。わぁわぁいいながら参加したが賞品はなしの成果だった。その賞品は原稿用紙と便箋と封筒という、ちょっと今は使わない人が多いアナログ賞品だった。 でも芥川賞をもらってやった、といって話題になった田中さんは手書き派だそうだ。 場所を移動して新年会へ。遊々クラブの会長は30年近くコーラスをしている。その仲間を引き連れて年季の入った懐かしの唱歌を聞かせてくれた。雪の降る街を・・大好きな歌です。 ![]() 会員のフラもありました。フラマリン=デタガリーズと自称しています。鶴子さんの踊りと笑顔は絶品ですね。右端 ![]() その後カラオケダンスの時間、みなさんの見事な歌と踊りを見ながらスゴスゴ退散の私でした。うぅたーをう~たえぬカナリヤは~~♫・・・雪道をワイン飲みすぎふ~らふら@@
部屋でたっぷりと温まっている子は外で元気に遊ぶ。
友だちと庭を踏み固めて部屋を作る。 仕切りはのこして壁にして、入口や玄関を作る。「ゴメンクダサイ。」「イラッシャイマセ。」とお客さんごっこ。 玩具ごっこのお碗で、「お茶をどうぞ」と一緒に雪団子のおもてなし。赤いちゃんちゃんこを着たキューピーさんの赤ちゃんもいる。 女の子はお母さんになるようにイメージされて育てられていたのねぇ。世の中全体で。 兄たちは物置の屋根から続くスロープを作りスキーをしたり尻滑り。小さい私から見れば目もくらむ高さ。 こわごわ足の間に挟まって1・2度滑らせてもらう。これは兄たちのサービス。何度もはダメ。 兄たちはジャンプ台も作って飛んだ。今から考えると50センチかそこらだったと思う。 角巻を着た母は買い物から帰ると、玄関の柱にトントンと雪下駄に挟まった雪を落とす。 遊び疲れた子供たちは雪だらけになって家に入る。 ストーブのロストルをデレッキで数度動かして火を大きくする。 空気を送られたストーブはゴーッと音を立てて真っ赤に燃え出す。 ストーブの台に置ききれない雪だらけの手袋や長靴は新聞紙を広げた上に・・・ 鉄瓶がシュンシュン音を立て出す。
思いつくままに昔の思い出を書いています。
樺太の豊原には小2~5年生までいた。戦争中のことで毎日集団登下校だった。一定の時刻に指定のところに集まって、5・6年生の班長のもとでの登下校。 威張りくさった男の子はやたらと命令ばかりで嫌いだった。 ところが吹雪の緊急下校となると、とたんに優しくなった。 先生にも云われ責任感のかたまりになるのだろう。 下級生を中にして吹雪に立ち向かっていた。 吹雪の道路は視界が悪く、吹き溜まりがたくさん出来ていた。車も馬車も走っていない郊外だったが、見えない吹き溜まりで誰かが転ぶと、さっと走ってきて助け起こした。 普段のガキ大将とは違った顔を見せた。 こういう経験はこの子を大きくしたことだろう。 あの男の子、どんなオジイチャンになっているのかな・・と懐かしく思い出す。 ![]()
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