仔猫時代 今でもず~っと仲良し
by oss102
↓お友達リンク集
カテゴリ
以前の記事
検索
最新のコメント
souuさん こうなる..
by oss102 at 19:25
松風さん あら、映画に..
by oss102 at 19:21
素敵なご本ですね。 読..
by souu-4 at 17:53
映画では 樹木きりんが..
by 松風Ⅱ at 11:20
kiyokoさん 抜か..
by oss102 at 09:37
mikihanaさん ..
by oss102 at 09:34
304さん 奥様を看取..
by oss102 at 09:32
あきのさん 物づくりは..
by oss102 at 09:28
このシリーズ本はNHKで..
by mikihana922 at 23:32
私、ひとりになったら生き..
by tmshanagn304 at 22:08
眠るような最後、御主人様..
by kiyoko at 19:05
コメントの先に検索してき..
by あきの at 17:32
あきのさん トマトスー..
by oss102 at 10:38
souuさん もう3度..
by oss102 at 10:37
さなえさん 同行者がい..
by oss102 at 10:32
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
アーカイブ編 母の日の水仙
 母の日が言われだしたのは戦後のことだった。
いつもお腹を空かせていた小学生だったが、中学に入ると少しずつ事情がよくなってきた。

母は毎日白い割烹着を着て立ち働いていた。洗濯機も掃除機も冷蔵庫もなんにもない。その中での主婦がいかに忙しかったか、今思うと大変なものだったと思うが、それはみんなやってるあたり前のこと。

だがなんでもアメリカはお金持ちで素敵な暮らし、と教えられた国からやってきた風習である。すぐに真似をした。
カーネーションなんてないから、庭の水仙を花瓶に山盛りにした。これは田舎の庭のこと、マグサのように一杯咲いていた。

夕食はチラシ寿司をつくった。ピンクのそぼろをいっぱい乗せた。なにかというとこれがご馳走だった。
甘党でない我が家では随分長くそぼろは食べていない。 そのころは甘くて美味しかった。
漁師の町なのに私はそぼろの作り方も知らなかった。第一母も作ったことがないのだ。

カードを作るなんて洒落たことも知らず、「母さん、いつもありがとう」と、ようやくシラミが住みつかなくなった頭を下げた。

母は嬉しそうに笑った。その頃の母は前歯2本が口を閉じても少し見えるくらい出ていた。 その顔が大好きだった。 
後年母が50代のころ 、その歯を治した。
トレードマークの前歯が普通に治まって父は「悪人面になった・・」と言ったが、私も少し淋しかった。

水仙が咲く喜びの春は母の笑顔を思い出す季節でもある。 
おちょぼ口からこぼれる白い歯が懐かしい。


e0001808_16465859.gif

[PR]

by oss102 | 2013-05-17 16:00 | いとしの花たち
<< アーカイブ編  花のすみどころ... 心筋梗塞の前後  水上勉 >>