母のお裁縫の時間が好きだった。
木製の2段重ねのお裁縫箱、上のフタを開くと針山、指抜き、にぎり鋏、引き出しにはきれいなとりどりの糸が入っていた。
母がくけ台の上に座ると、私たち3姉妹は母の回りに集まって「お話して」「おはなしして」と口々にせがんだ。兄たちも時々はいたと思う。
母は「何のお話がいい?」と聞く。「巡礼おつるがいい、先代萩!!」とそれぞれ言う。「あんたたち、泣くからねぇ」「今日は絶対泣かないから」3姉妹は口々に約束する。だがさわりになるとボロボロ泣く。
母は何十回となく話した話を、糸切り歯で糸を切ったり、針に糸を通したりしながら話す。
ときどき話の順序を変えたりすると「そこは違う」と私たちは抗議する。
母はその話を母の祖母から聞いて育ったという。 後になって知ったが、それはほとんど有名な浄瑠璃の話だった。
アイロンのフタをあけて火鉢の赤い炭を、フッと息を吹きかけて入れる。火鉢にはもう1本の柄の付いた小さいアイロンがささっている。
それらを縫い物に当てているときは、集中力がいるのか母は話さない。
私たちは話の続きを聞くのが待ち遠しくて、じっと母の動作をみつめていた。
話が終わらないうちに、「ハイ 続きはまた明日ね」と言われることもある。
待ち遠しかった。 が続きの内容は知っているのだ。
今はほとんど忘れてしまったが、沢山の話を聞いて育った。
それが本好きになった原点だったのだなぁと思う。