仔猫時代 今でもず~っと仲良し
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ひとりでは生きられない  養老静江
e0001808_11282075.jpg 女として母として女医としての人生を83才~93才までに書かれたものです。

息子の養老孟司が前書きに沢庵和尚の言葉を引用しています。
「人のことはかまわず、我さえよからばと思いて、気のゆるゆるした人、必ず命長し」・・・・
なんだか私にも当てはまるような。

90才過ぎてチョコンと坐っていると、世間の人は穏やかな仏様みたいな老後を過ごしていると思われるかもしれませんが、どうしてどうして、腹を立てたり、がっくり落ち込んだり、ただ、にこやかにはしていられない毎日です。

20才の頃考えていた50代、50代の頃から考えていた70代、中味は見かけの変化ほどには変りはないということです。
ですから70代の私が90代になって、背は縮み、もっとしわくちゃばあちゃんになったとしても、なかみの人間はそう上出来にしあがるものではない・・ということを改めて認識したのです。

ほめることは大事なこと
新米女医としてデビューして、ベテラン看護婦に様々ないじめをを受けた毎日。なにか手伝ってもらったとき、感心してそのつど感謝したり、ほめ言葉をかけたりしているうちにイジメの嵐は過ぎ去っていた。

90を過ぎて還暦を過ぎた息子の育て方を後悔しても始まらないのですが。
なぜあのとき抱き寄せて、ほめてやることをしなかったのか。
どうして子の興味を持つことにもっと面白がってやれなかったのか・・・


恋は痛いもの、口惜しいもの、目がくらむほどに口惜しくて、それが恋になるのです。
売れっ子の弁護士の妻として2児をもうけ、贅沢三昧の生活をしていて、事務所のアルバイトのようなことをしていた養老青年に、「貴女は本当に生きていらっしゃらない・・」と云われ、急所をつかれて立ちすくみます。
虚栄の中にいる私を非難し、軽蔑している。
憤怒のようなものが体中を駆け巡ります。
口惜しくて口惜しくて、そして狂おしい恋に落ちていったのです。


夫と別れて2児を引き取り、故郷へ帰って医院を開業して、それから2年余を経て成就した恋。9才も年下の彼でした。
だがその幸せも5年しか続かなかった。 結核で亡くなります。

その時代、戦争と結核で沢山のたくさんの大切な命が奪われていたのです。

彼女は95才で亡くなりました。

e0001808_1210503.gif




アルミ鍋の黒ずみ 

昨日はみなさん沢山のアドバイスを有難うございました。
私がTVでみた黒ずみ取りとは違っていましたので、検索してみたら、ココが出ました。
あぁ、これだった・・・それなら早く検索すればいいものを、今ごろ気が付いたのです。

これからリンゴの皮で煮てみます。結果はまたお知らしますね。
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by oss102 | 2008-12-19 12:05 | | Comments(14)
Commented by あきの at 2008-12-19 17:40 x
たしかに昆虫好きな青年を育てただけあって、変わっていますね。でも変わっているところが、この人の個性で魅力があります。抱きしめてやりたかったというのは、その時代、今のように大きくなった子と抱擁するなんてなかったです。わたしも二歳くらいまでで、それ以後は子供に触れたことはないです。小学生なんて絶対触れなくなっていたと思います。
Commented by さなえ at 2008-12-19 17:55 x
養老孟司のお母さんですか。すごいバイタリティですね。一人では生きられないとしても、一人でも生きられるように自分を鍛えるべきだと思うのですが、なかなか困難です。
Commented by tmshanagn304 at 2008-12-19 20:10
やっぱり変わったお母さんですね。
養老青年もキツいこといいますね。
Commented by sakura at 2008-12-20 06:29 x
わたしの昔を思い出してみても、あのころと今、たいして変わりはありません。
ただ、人生の垢がいくぶんへばりついています。
このまま年をとっていくのでしょうね。
りんごの皮ですか、結果楽しみにしています。
Commented by sharifa-image at 2008-12-20 09:21 x
「本当に生きる・・」というのはどいうことなんでしょう
このお母様は養老青年に言われなくてもいづれご主人の元をはなれたでしょうね  もともとは女医さんですから自分の本来の道へ戻ったと思います。
褒めるのは案外難しいです。  特に身内はです。
Commented by kiyoko at 2008-12-20 10:36 x
老年になったらさぞ悩みもなく穏やかに過ごせると思っていたのは大きな間違いでした。悩みの種類が変わっていくだけですね。
Commented by oss102 at 2008-12-20 17:26
あきのさん
離婚してから実家に帰って両親やきょうだいに子供を見てもらいながら東京の病院へ通ったり、医院を開業しています。子供と向き合う時間も少なかったので尚そういう思いが強いのでしょう。
Commented by oss102 at 2008-12-20 17:30
さなえさん
強いですね。たった1才違いで姉様女房と言われた時代に、9才年下の人と結婚するまで意志を貫く。強く、或いは我がままに生きて、振り返ってみればみんな人のお世話になって生きていた・・という述懐です。
Commented by oss102 at 2008-12-20 17:33
304さん
息子は「立派なお母さん・面白いお母さん・・と言われたことはあるが、いいお母さんと言われたことはない。向こうもいい息子とは思っていないだろう・・と書いています。母と息子では照れもありますね。
Commented by oss102 at 2008-12-20 17:36
sakuraさん
りんごの皮とみかんの皮が溜まるのを待っています。一人分では足りないのです。
昔は大人になれば心も立派になるものだと思っていましたが、自分のことを考えても、世相を考えても、死ぬまで立派にはなれないものと知りました。立派な人は子供のときからもう立派なのです。
Commented by oss102 at 2008-12-20 17:49
sharifaさん
密かに好意を持っていた青年に図星を射されて、口惜しかったのでしょうね。青年にも婚約者がいました。手紙を送り続けて思いを遂げる、凄い情熱です。簡単に恋が叶う現代ではそこまで燃え上がらないと思いますよ。強い人ですね。
褒めるのは難しいです。が、旦那さまも褒めてください。
余計なお世話かな。(*^。^*)
Commented by oss102 at 2008-12-20 17:51
kiyokoさん
そうですね。悩みの種類は変わっていきますね。
人間の心は中々悟るというわけにはいかないようです。
Commented by かめ姫 at 2008-12-20 21:45 x
いいなあ~2回も新婚生活があったんだなあ~♪。とにかくこの方のポイントは女性でありながら医者という立派な仕事があったということ。もしこの時代に手に職がなかったら、運命は大きく変わっていただろうと思います。女性も自活しないと自由に生きられないと思います。
Commented by oss102 at 2008-12-21 11:40
かめ姫さん
良い家系の周辺には良い暮らし・よい学歴が一杯です。
田舎の庄屋の出なのですが、父親がインテリで学問好きでした。
魅力のあった女性で、申し込みも多かったようです。
世間体にとらわれずに生きられたのも自活できたからでしょうね。
昔はよい人材がむざむざと沢山死んでいきました。
悲しい思いを一杯してますね。
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