仔猫時代 今でもず~っと仲良し
by oss102
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花♪はな♪ハナ♪
 例年より2週間早い開花だそうです。 みなさんご存知のように北国の春は、桜・梅・こぶし・もくれん・つくし・水芭蕉・・・なにもかにも一緒くたにきます。

レミのことを書いたこともあって、思い出しながらきのう手宮公園へ花の写真を撮りに行ってきました。 我が家からは登りなこともあって、ゆっくり歩いて入り口まで10分ほどです。
祭日だったこともあって山は車が一杯、人も一杯、ワンコも楽しそうに歩いていました。
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花曇りで青空ではないのが残念ですが、向こうの水色が海です。ここは手宮植物園。
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夕方閉園になってから、犬ネコ禁止の立て看板を無視して、よくレミを遊ばせました。
ゴルフボールが丁度よい大きさで、ここの丘陵を走らせました。 まだ元気なころのレミが走りまわっていました・・・私の記憶の中で。

お花見で賑わう手宮公園は、レミの散歩では敬遠していました。 ひと気がなくなってから行っても放せません。 そこら辺にジンギスカンのラムの脂やお菓子や、なにやかやレミの気をそそるものが沢山落ちています。 山のカラスさんたちの清掃が終わるまでは行けませんでした。

e0001808_1130421.jpg 実生のドングリがあちらこちらに沢山出ていました。 このうち大木になれるのは???
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植物園をず~っと下がってきて、今は使われていないような小さな神社があります。 そこでもよくレミと遊びました。 沢山のエゾエンゴサクが咲いていました。
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by oss102 | 2008-04-30 11:47 | いとしの花たち | Comments(20)
外の匂い
2匹は毎朝、毎昼、毎夕と・・・そのほかにも何度もなんどもこうして開けてポーズをとります。
フウロだけのときもありショウマだけのときもあり、面倒くさいこっちゃです。
雨降りの日は外を見なくても分るらしく、諦めたようにおとなしく部屋にいます。
なんか外のいい匂いが誘うのでしょうね。

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つないで戸を開けてやると、まずロープの範囲で匂い嗅ぎ。 ママチャンの園芸作業用具が出しっぱなしです。
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こちらの都合で開けてやらないときや、寒いときは窓辺で日向ボッコです。
ショウマはいつも上手に窓辺の陽射しを利用しています。

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      でもね、その間にフウロがはさまってきて、暖ったかくないの・・・・
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by oss102 | 2008-04-29 16:25 | いとしのネコたち | Comments(8)
レミの思い出  その19  あとがき
 娘がショウマの薬をもらいに行ったとき、診察室にいた飼い主に説明する医者の声が聞こえた。

小型犬や大型犬は、作られた形で犬本来のものではない。
人間が要求して作った形だ。 どうしても不自然になる。
そうした意味では中型犬はもっとも犬として無理のない形で、内蔵も自然に出来ている。
犬種ごとに無理がかかるところは違う。・・・・
この医者の言葉を聞いて、娘は納得できたと言った。
無知な散歩のせいばかりではなく、レミの死はペットとしての歴史が作った運命なのだったと・・・少し気持ちが楽になったと言っていた。

この記事のほかにも、ペットの死について書いたものがあります。
このころまだいらしていなかった新しい方、お時間がありましたらお読みいただけると嬉しいです。

5年11月23日      ペットとの別れ
6年12月4日       喜びも悲しみもセットで
6年12月5日       ペットの死は腕の中で

命短かいペットは、私たちより先に逝く運命です。
またそれでなくては、全生活を依存するペットは可哀そうです。
ペットがくれる喜びとセットで、ペットの死を私たちは受け入れなくてなりません。


レミが逝って初めての冬、色々思い出して書いたものです。
どこに発表する気もないので、思い出すまま沢山書きました。
書いているとまた沢山のことを思い出しました。
深雪の中をレミとラッセルしたこと。 つるつるに凍った斜面を足だけが激しく動き、レミは少しも先へ進まなかったこと。 あふれるように思い出しますが、あまり長くなるので書き足すのは止めました。

皆さんが、過去飼って見送ったペットのことを思い出して、一緒に泣いてくださいました。
なによりの供養と感謝申し上げます。

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by oss102 | 2008-04-28 12:07 | 思い出 | Comments(14)
レミの思い出  その18 その最後 2
 2階から背広の洋服箱と、クリーニングしてあったレースのカーテンを持ってきて、レミの棺の準備をする。 毛のつやの出るスプレーで体をきれいにして、白いカーテンとバスタオルを敷いた上に寝かせる。 まだ首がグンニャリと柔らかい。 目は開いたままだが苦しそうではない。
部屋は暖かいので奥の部屋に置く。

花を買いに外へ出る。 朝からの雨は上がって、4月の陽射しは4時を過ぎていてもまぶしい。
朝から私はこんな悲しみの中にいたというのに、なんて明るさなんだろう。
帽子をまぶかにかぶり、うつむいて誰にも会わないようにと急ぎ足で歩く。
ホーマックでベルフラワーと満開の真っ白のアザレアを買ってくる。

3つ折りマットで箱を囲い、白いカーテンレースで覆いレミの祭壇ができる。
娘の仕事が終わる時間に電話を入れる。

レミはまだ生きているようだ。 大好きな散歩をしているフォームだ。 4肢を投げ出して横たわっている。 もう横になっても苦しくないね、レミちゃん。
翌日は硬直が始まって、首の位置がわずかに上にずれている。
娘は2階への行きかえりに、声をかけては泣いている。

翌日と翌々日は娘の連休になるので、ペット霊園へは12日にいくことにして、11日は家に置いておくことにする。
12日、枕もとのアザレアの白い花を、全部レミの首の周りに飾る。 11時の予約でペット霊園へ。 お経を上げてもらってから焼却場へ。
1時間半かかるというので、近くをブラブラ散歩する。 大きな花のビニールハウスがあって、花の卸やさんだった。
蕾が一杯の見事なピンクと白の絞りのアザレアをレミの記念に買ってくる。 大輪のパンジーも5株。 レミの代わりに今度は花を愛でよう。 花なら枯れても悲しまない。

レミの骨はきれいに焼きあがっていた。 持参の丸いお菓子の缶に丁度よく治まる。
赤い柄のハンカチに包んで帰る。

娘がレミの写真にメッセージを入れる。
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11才と3ヶ月でレミは逝きました
可愛いままで よい子のままで
美しいままで逝きました
今ごろは 天国で思う存分駆け回っているんだろうな
レミは 世界一美しくて可愛い よい子でした
ありがとう      さようなら


メーッセージの写真は、プリンターが古くて鮮明に出ない。 少しボヤけてレミが椅子の上でボンヤリして見える。 それが枕元でゆらゆらしていたレミを思い出させる。

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それからの日々
 レミが死んでホットした感じもあった。 充分看護をしたし、いい死なせ方だったとも思う。 
だが、外出から帰るときは、いつも涙が出た。
あの耳をピッと伏せた奴がいない。 出迎える奴がいない。 空洞の部屋に思えた。
親しい人ほど、レミが死んだことは暫く云えなかった。 云おうとすると涙がでて言葉にならない。
せっせとホーマックに通い、ベゴニア・サフィニアなど、プランターに植え付けする。
店の前は華やかだ。 向かいのパン屋さんでパンを買って戻るとき、いつもお立ち台で待っていたレミの顔はなく、今はパンジーなどの花々の出迎えだ。

陽気もよいので、一仕事終えると外に出たくなる。 スーパーのカードをポケットに入れて外に出る。
両手を振って歩いたのって何年ぶりだろうと思う。
スーパーに行っても銀行に行っても、春なので異常に混んでいるホーマックに行っても、のんびりレジで待っていられる。 店先につながれて今か今かと待っている奴がいないのだ。

植物園に花の勉強に行く。 手宮公園もすっかり新緑だなぁと、見上げながら歩く。
突然、涙があふれ激しく嗚咽しそうになる。 ぐっとこらえる。
アチコチ匂いを嗅ぎながら忙しそうに行ったり来たりする奴がいない。 大きな喪失感が迫る。

    「神様 天国に犬はいますか」
神様 「犬がいなければ 天国ではない」

レミがくれた この世での天国の日々
               2002年12月21日記

                                           おわり
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by oss102 | 2008-04-27 14:33 | 思い出 | Comments(18)
レミの思い出  その17 その最後
 4月10日 最後の日になった。 初めて倒れてから21日目。
もうこの頃は夜はず~っと横になれずにいた。 胸水、腹水が溜まって苦しいのだろう。
オスワリ状態のまま、枕元に坐って身体をゆらゆらさせながら、娘になでさすってもらっていた。 オスワリも限界にくるとドサッと倒れて横になるが、すぐ息が苦しくてオスワリになる。 ボーッとしてゆらゆら揺れている。
娘がスーッと寝入ってしまうと、私のところにきてなでてもらいにくる。 またドサッと倒れる・・・立ち上がるという状態が続く。 少し寝入るときもあるが、すぐ激しい咳が出る。
可哀そうで2人とも涙が止まらない。テイッシュの山が出来る。
いつか血を吐いて死ぬのだと、覚悟は出来ている。

 この日の朝、いつもは10時過ぎのお散歩なのに、9時頃から催促だ。
あいにく寒い小雨模様の中、車を出して手宮公園へ。 藤棚のあるコーナーへ抱き下ろす。
昨日ちゃんと食べたので、固まった○○をしてオシッコもする。 山はみぞれっぽい。
これが最後の予感がする。 ベンチで5分ほど座って抱き上げて家へ。

いつもならベットで寝るのだが、この日は落ち着かなかった。 レミは元気な頃、店の陽だまりが好きでよくそこで外を眺めていたのだが、今日もしきりと店へ出たがる。 今日は陽射しもなく雨模様で店先は寒々としている。 店先にタオルを敷いてやると、タオルを咥えて直したりしているが、寒くてまた部屋に戻ってくる。 出たり入ったりそれを何度も繰り返している。

いつもと様子がちがうので、私はつきっきりで体をなでている。
そのときは気付かなかったが、レミは娘に会いたかったのかもしれない。いや会いたかったのだ。 寒いのに何度も店に出た。
やはりレミに会いにきてと、娘に知らせればよかったのだ。 娘の手でなでられながらレミは逝きたかったのだ。 仕事中の娘に知らせなかった私。 いまでも悔が残る。

落ち着かなかったレミが、とうとうドンと倒れる。 倒れて暫くすると起き上がって、また倒れる。
頭はどのときも店の方を向いている。
もう起き上がれない。 フト見ると、お尻から○○が少し見えている。 ぬれテイッシュで何度も拭いてやり、テッシュをあてがう。

「レミちゃん もう頑張らなくていいからね。 いい子だったね ありがとう」と体をなで続ける。
もう早く終わってと祈るばかりだ。
レミは大きく首と胸をそらしてから、7・8度首を強く上下に振る。私はレミの心臓音を耳をピッタリつけて聞いている。 また少しして、首をそらし5・6度強く振る。
喉のほうでブツブツ、ジュワジュワと雑音が聞こえるが、それが血なのか、立ち上がれないからそれを吐き出す力がないということか・・・・結局吐血はせずに3時40分 レミは11才と3ヶ月の命を終える。

 あぁ 終わった。 これでレミは楽になった。 よかったね レミ。
止まらない涙を拭きながら、心は安堵で1杯になるのでした。

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                                                  つづく


 
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by oss102 | 2008-04-26 15:01 | 思い出 | Comments(18)
レミの思い出  その16
 この年は雪の異常に少ない冬だったが、春になって大雪が降ったことがあった。
ピンクの洋服を着たレミは、陸上競技場の雪原の中をはずむように歩く。
離れている私がモーションを起こしたり、しゃがんだりすれば、いつものようにピューッと走って飛びついてきそうな表情を見せる。 でも走らせたくないので知らんふりする。
雪の上を嬉しそうにでんぐりかえるレミを見ながら、もう少しこんな状態が続いてくれればいいなと思う。
ピンクのフリースの洋服は、背中に4ヶのボンボリがついていたのだが、でんぐりかえしのせいで、早々に2ヶ取れてしまっていて、残った2ヶが互い違い付いている。

昼間はベットで横になって寝ているが、やはり午後になると、小鼻を横に平たくして呼吸をしている。 私の手をなめる舌が熱い。 一日中レミをなでさすっている。 夜は横になれずにお座りしたまま。
娘は看病疲れのストレスから風邪をひいて鼻をかんでいる。

レミが倒れてからは特に人目を嫌って手宮公園ばかり行っていたが、春休みも終わったことだし、子供たちも来ていないだろうと運河公園に行く。
車から出すと、とても嬉しそうに「ここだ、ここだ」というふうに匂いを嗅ぎまわっている。
少しベンチに坐って体なでていたが、帰ろうと運河脇に止めてあった車のところに戻ると、レミはまだ嫌だという。 運河ロードを歩きたいのだ。 50メートルほど歩かせて抱いて戻る。

とりのささみや刺身を食べて、もうあんなに好きだったシーザーの缶詰などは見向きもしない。

4月9日 レミの死の前日だが、娘は休みで二人で運河公園に連れて行く。
暖かくてこれが見納めかと思いながら、二人で公園のレミを見る。 運河ロードに行くとレミは駆け出すのだ。 慌てて抱き上げる。
夜 ラムシャブ、とりのザンギも買ってくる。 ザンギの衣をむいたのをドンドン食べる。ラムは生で数切れをペロリと食べる。

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                                               つづく
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by oss102 | 2008-04-25 12:06 | 思い出 | Comments(14)
レミの思い出  その15 安楽死
 牛肉やマグロの刺身を買ってくる。 レミもショックの状態が抜けると少し元気を取り戻す。
牛肉にまぶして2度目の薬を与えようとするのだが、薬を混ぜると食べなくなった。
どうせ助からない命なら、このまま死なせてやろう。 薬も飲まなくてよいと決心する。

私たち母娘はよく安楽死について話し合っていた。 死のときは眠るように逝きたい。
人間は色々なきまりの自縛で難しいだろうが、レミのときは決して苦しませない。
少しでも永らえてとは考えない。 

このときも病院へ最後の最後のときは安楽死を頼みたい・・と電話したのだが。
情けないことにちょっと話し出しただけで、涙が出て言葉にならない。 十分に意が伝わらず安楽死は断られる。

あんなに最後は苦しませないからね、と言ってきたのにそれが叶えられない。
でも死までのときを考えると、夜中は横になれずゆらゆらして可哀そうだったが、別に悲痛な声を上げるでもなく、うめくでもない。
朝になればまた散歩と催促するのだから、結果的にはこのときに安楽死をさせたかったという時はなかったのだ。
でも希望するときにはしてもらえるのだと思っていたら、もっと看病が心休まるものになっていただろう。

夜には娘も心細がって、私のベットの隣に泊まりこんでいた。 咳をすると飛び起きて胸をなでさする。 オシッコも裏口からさせる。 3月の夜まだは寒い。 よく面倒を見ている。
午前中は比較的気分もよくて散歩の催促。 車を家の前まで持ってきて、手宮公園へ。

病気の中休みというのか、気分のよいときは、自分が死の病と思っていないから元気そのものだ。
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                                          つづく
                                            
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by oss102 | 2008-04-24 11:22 | 思い出 | Comments(14)
レミの思い出  その14 倒れてから
 7年前の3月20日土曜日 娘の休みの日だった。
いつも季節の変わり目には咳がひどくなるレミだったが、数日前から明け方の咳が特にひどく、薬も朝晩与えていて、娘は寝不足だった。

午前中の散歩に連れ出しとたんに戻ってきて、レミが倒れたという。
部屋に入るなりまた倒れる。 失禁とポロリ。 慌てて病院へ連れて行く。
薬を変えるからと云われて新しい薬をもらってくる。 餌に混ぜて食べさせるが、どうも薬が合わないようだ。 翌朝もプルプルふるえて餌を食べない。
翌日、また病院で違う薬をもらってくる。 少し咳も治まり状態もよくなる。
娘がネットで検索して犬の病気を印刷してくる。
僧坊弁閉鎖不全症
小型犬が老化すると、60%~70%の確率で出てくる病気という。
心臓の左の弁が閉まりきらなくて、血流が逆流して、ついには胸水、腹水もたまり、横に寝られなくなり、血を吐いて死ぬとある。 薬は少しでも良い状態を続けるためで、治せないとある。

全くレミの症状にピッタリで、(あぁ、そうなんだ、これでレミは終わりなんだ。)
ジタバタするまいと覚悟する。

それにしても何年もの間、薬をもらっていたのに、この病気の説明をもっと詳しく病院でしてほしかった。 こんなにポピュラーな病気なのに。 私も心臓の病気と知っていただけで、自分で調べようという気持ちはなかった。

覚悟はしたが、新しい薬で少しよくなったのに欲が出て、前の薬が量が多かったのなら、半分にして飲ませてみようと与えたら、またショックで倒れてしまった。
反省 この薬はレミにはダメなのだ。
この日の朝、排便をさせなくてはと車で植物園に行ったら、車の中でまたドサッと倒れてしまう。
かまわずに抱いて、テレビ塔の昨日の雨でぬれた芝の上に下ろす。
レミは倒れたまま。 この日の悲しい情景が忘れられない。
また車に戻すと、車の荷台の布団の上に○○がポロリと出ていた。
そのかすかなシミを洗えずに長いことそのままにしていた。

どんな生物にも命の限りがあること。 レミにそのときが来た事。 覚悟をしなければ・・・
気を強く持って、レミを送ってやろうと思いながら涙が止まらない。


                                             つづく
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by oss102 | 2008-04-23 16:30 | 思い出 | Comments(14)
レミの思い出  その13 喰いしんぼ
 ヨーグルト
私は牛乳は嫌いではないのだが、日中あまり水分がほしくない。 コーヒーを飲んでいると牛乳を飲むチャンスが無い。
それで寝しなにヨーグルトを飲むことにした。 勿論レミも少量お相伴に預かる。
始めは寝る前の行事だったが、回数を重ねるうちにレミは、夕食をが済むとすぐにヨーグルトをマークするようになった。
娘が早く2階に上がっていくときも、まだヨーグルトが済んでいないと、階段を抱かれながら、振り返り、振り返り心を残して上がっていく。
2階に上がってからも、踊場でジーット下を向いているのだ。

私がナイターから遅く帰ってきて、食事を始めると、戸をカリカリさせたり、部屋をグルグル回って大騒ぎして下へ降りると主張する。
私は朝から晩までレミにマークされているので、たまにはレミの視線の無いところで、ゆったりと食事をしたい。
下ろさないでね!
 というのだが、しつこいレミに根負けして、また、私はレミの熱い視線のもとで食事することになるのだ。

初めはヨーグルトだけだったが、そのうち私は赤ワインを入れて飲むようになる。したがってレミも赤ワインヨーグルトを飲むようになる。
寝る前に飲んでいたのが、いつの間にか9時頃飲んだり、今日は飲みたくない・・と思っても
レミのために少し飲んだりした。

こういう飼い主の甘い姿勢がレミに自然に反映して、晩年のレミは来た当時の大人しい、吠えない犬ではなくなっていた。
ジンギスカンとか、焼き肉、シャブシャブなど肉があるときは、食事中ワンワン吠え立てるようになっていた。

ゲッ!となるまでレミに牛肉を食べさせてやりたかった。

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More 光母子殺害事件
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by oss102 | 2008-04-22 19:55 | 思い出 | Comments(8)
レミの思い出  その12
娘のお出迎え
 散歩のほか、「これから出るから・・・」と娘から電話がかかるときがある。
陽気の良い時期にはよく出迎えに行った。 「レミ ネネのお迎えだよ」 というとすぐ、張り切ってベットから下りてくる。
興奮して咳をしたり、動き回るレミに胴輪をかけロープをつけビニール袋を持って出発。
グイグイロープを引っ張るレミの後ろから運河公園へ。 ひとまずそこで時間稼ぎをして、運河遊歩道へブラブラ。 夕暮れの気持ちのよい石畳を、レミのお尻の白い毛を見ながら歩く。

レミは石垣のところで逆立ちするように高くお尻を持ち上げて○○をした。 いましてきたばかりなのに・・・2度目なので軟らかい。 でこぼこの石垣についた○○は、拭いても拭いても取れなくて困ってしまった。
逆立ちしてまで大きな犬だぞ!とマークを残したい見栄っ張りなレミ

製缶工場の裏の橋の上で待っていると、夕闇迫る中、遠くにセッセと歩いてくる娘の姿が見えてくる。 「ネネだ、 いけッ!」っと声をかけると、レミはやみくもに走り出す。 娘の姿が見つけられないときは、フト立ち止まって不安そうにするが、又「ネネだよ、いけ!」というと、今度は娘の姿をとらえてピューっと全速力で走り出し、しゃがんでレミを待つ娘のところでピョンピョンの大歓迎だ。e0001808_1641388.gif

帰りは娘がロープを持ち、私は勝手に少し離れてブラブラ歩き・・・レミは2人揃って並んで歩かせたい。 丁度レミの鼻先の膝裏あたりをツンツン押したり、パクパク咬んだりする。 歩き辛くてならない。 羊を追うボーダーコリーの血が入ってるのかと話したことだった。

私がインドアのナイターテニスに行くときは、うまく時間が合うときは、途中にある勤務先まで車に乗せて行った。 胴輪にロープをつけ、背中にビニール袋をくくりつけ車に乗せると、レミは興奮して着くまで吠えまくり、ヒーン、キューンと変な声を出し、私の耳をキーンとさせるのだった。
娘が出てきてまた感激の再会のあと、嬉しそうにヒョコヒョコと遠ざかるひと組をバックミラーに見ながら、満足してアクセルを踏む私でした。

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                                             つづく
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by oss102 | 2008-04-21 16:32 | 思い出 | Comments(10)