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ハロウイン 出前朗読
 古代ケルトでは11月1日が新年で10月31日は大晦日にあたる。その日は悪霊払いの行事のひとつとして、子供たちは家々にかごを持ってお菓子を貰いに行く。お菓子をくれなければいたずらするぞ!とおどしの歌をうたう。
ハロウインとは馴染みのない世代だが、調べてようやく以上のことが分った。

 私たち朗読の会では4人のメンバーながら、市の福祉センターにボランテイア団体として登録している。そこから新しいディケアへの出前朗読の注文が入った。
28日にハロウインに関する朗読をしてほしいという。

図書館で探せばなんとかなるとOKしたが、以前留学生がハロウインの日に訪問先を間違って訪ね、謝殺された事件の本が2冊。こども向けだが長すぎる本。幼児向けの絵本が数冊。
ネット検索してようやく南瓜のお化けの由来の話が見つかった。
仕方がない。これ一つで後はエッセーでも読もうかとなったとき、ペアを組むリーダーが世界の民話の中の話を読むという。

ロシア・スペインなどの吸血鬼や死者の集まりの話だ。そうかそれでいいのか。ハロウインは悪霊払いの行事なのだ。ハロウインが出てこなければと、世界の昔話ではダメと思い込んでいた私の視野の狭さを反省した。

当日古い民家を借りた出来立てのディケアでは、若いスタッフが一生懸命ハロウインのお膳立てをしていた。
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お化粧をほどこし仮装をさせ、スタッフは被りものをし、パンプキンのケーキも焼いていた。

無事単発の朗読出前を終わった帰路。どこのディケアでもスタッフの一生懸命さが伝わる。わずかな時給で働いている若者に、もう少しよい待遇をしてあげられないものかと慨嘆したのだった。

古代ケルトと日本ではつながらなかったと思うのに、七夕祭りでは

ローソク出せ 出せよ  出さないとかっちゃくぞ おまけにくいつくぞ~♫ と唄ってお菓子を集めました。
人間は同じようなことを思いつくものですね。

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by oss102 | 2011-10-31 15:25 | ボランテア | Comments(8)
花じまい
 暖かい日が1週間ほど続くようです。でももう先が見えていますので思い切って花を片付けました。最近は液肥ももらえないで見捨てられていた花たちですが、まだこんなに健気にさいています。
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e0001808_17291995.jpgこれを次々とビニール袋に投げ入れます。

まことに辛い作業であります。ロベリアなんかとても元気です。
でも仕方ないよね。また来年会いましょう。

土は乾燥させてから収容所の花壇に持っていきます。

e0001808_17324393.jpgアーチのナスタチュームを一気にはがしていると、路地を通りかかった女性と前を通りかかった近所の人が同時に「アラー!」と声をあげました。勿体ない・・・それは私だって同じなのよ。

でもみなさんも楽しんで見ていて、惜しんで下さって私も嬉しいのです。
また来年も花咲かバァチャンができるといいのですが。

午前中立ち働いて疲れましたので、鉢洗いとアーチ・ラテイスの片付けは明日にします。

いとしの花たち さよなら さよなら さよなら


hanairomimiさん 304さん 花水木さん 北杜夫のコメ返書きました。大変遅くなりました。_(_^_)_
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by oss102 | 2011-10-30 17:44 | いとしの花たち | Comments(14)
秋の夜長に
 ショウマは何を思う
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 10分経っても・・・目を開けて眠れるのか?
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 ここもお気に入り・・・ストーブをつけていないときは。

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by oss102 | 2011-10-29 18:08 | いとしのネコたち | Comments(6)
タッチ
e0001808_1031693.jpg もう購入してから1ヶ月半が過ぎようとしているのに、新しいカメラの画像削除ができなかった。

練習したくてどんどん撮るのに、削除ができない。
嫌いな取説をがまんして何度も読む。
削除項目はある。ゴミ箱をタッチとある。そんなことは分かる。どうしたらそのゴミ箱マークがでてくるのか。

どんどん画像がたまっていく。2度偶然ゴミ箱が出てきて急いで削除したことがある。でもどこをどうしたから出てきたのか分からない。どうして????

娘に相談した。娘はコンサートの準備などで帰宅してからも忙しいのだ。遠慮しいしい取説を見ていただく。

娘はあれやこれやをしていたが・・・分かった。
モニターに出てくる▲マークをタッチするのだが、削除の時は指先を立ててタッチするとゴミ箱が出てくる。写した画像を見たい時はタッチはやさしく流すように・・私はタッチと書いてあるから普通に指紋の指先でタッチしていただけだった。

若い人たちはそういう違いを知っているのだ。わざわざ取説に書く事ではないのだろう。
写真を撮りたいときでもモニター画面をタッチするだけでシャッターが切れる。

あれやこれやの機能があって、ただただ普通に写したいだけのバァサマには勿体ないカメラでござんした。

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by oss102 | 2011-10-28 16:30 | 日々のこと | Comments(12)
北 杜夫が亡くなった
e0001808_15351261.jpg ちょうどこんな本を読んでいた。

ほぼ3年前に出版された本だが、北杜夫の前書きにはこんなことが書いてある。
「早死には本人の不幸、長生きは他人の不幸」という名言がある。

これから先、妻はもとより、あらゆる人に迷惑をかける一方かと思うと、明日にでも死にたいというのが本音である。



また、こんなことも。
由香「パパが81才まで元気なのはママの食生活のお陰! パパは人間ドックも受診したことがないでしょ。調べたら全身ガンかもしれないよ。」
北 「いやぁ、そんなことはない!(ちょっとむっとして)
由香「なんで?」
北 「がんにはそれなりの症状がある。」
由香「でも、お年寄りでがんが見つからないで、老衰で亡くなる人っていっぱいいるってよ。
北 「いや大丈夫だよ・・・」


彼がどんな病気で亡くなったのか知りませんが、3年前にはこんな会話を交わしていたのだなと思いました。

以前にも斎藤由香が祖母の斎藤輝子のことを書いた本を読みました。言葉遣い1言葉遣い2
若いときはマンボウシリーズ、楡家の人びと、白きたおやかな峰・・夢中で読みました。躁鬱病で家族にはかなり迷惑をかけたようですが、由香はパパが大好きなのです。
本当にやさしい人だったのですね。

若い頃に親しんだ作家が俳優が有名人が次々と亡くなっていきます。
年を取るほどそういうことが増えます。自分が生きている限りは・・長生きは他人の不幸でしょうか。

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by oss102 | 2011-10-27 16:02 | | Comments(12)
職人芸
 先日の和風総本家だったと思いますが、世界で活躍する日本の職人芸について紹介していました。

フランスでドイツでアメリカで・・と各国で賞賛されている日本の職人が作った商品です。
e0001808_1924459.jpg こんな茶筒が出てきてホホウと思いました。
中蓋がその重さです~っと底まで沈んでいきます。
桜の表皮を貼った茶筒は我が家にもありますが、お茶をほとんど飲まない我が家ではしまわれていて出番がありません。もったいないことです。

e0001808_1982151.jpg下町のおっちゃんが、訳の分からない外国にこんなもん送れるか・・と言いますがおかみさんは取引に応じます。

可愛い針刺しはフランスのお針子たちに人気で、絶やさずに商品棚に置かれています。

どこの国だったかカンナを使う家具の職人は、日本のカンナは0・7ミリまで薄く削れると腕自慢。日本製は凄い!とベタボメです。日本のカンナの刃は先が2重になっています。固い鋼と柔らかい鉄、日本の職人が削ると0・02ミリまでの薄さまで削れます。
そのビデオを見た職人は、う~ん、もっともっと腕をあげなきゃと降参します。

いつも下町で真っ黒になって働く職人の芸術とも言える技に感心していますが、こうして見せられると外国で活躍する小品たちに改めて拍手をおくります。

 実はこの番組はこの日、2時間番組でした。本を読んでいて後半の1時間しか見ませんでした。最初から見たかった。とても残念でした。

CMの合図のように出てくる柴ワンコの豆助もたまりません。

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by oss102 | 2011-10-26 19:31 | 日々のこと | Comments(7)
2011年パーク納会旅行
 1週間も前から23・24日の2日間の天気予報は雨雲が貼り付いて変わらなかった。もうパークを始めてから7年ぐらい経つのかな。どんな予報でもいざとなれば晴れるパーク旅行なのだが、今回はみんな観念した。

e0001808_1628396.jpgところがどうだ。雨は止んだのだ。

ざんざん降りがしぶつく雨に変わって、みんなカッパ着て並んだ。これならいける。

ところがコースのあちこちに大きな水溜まり。放物線を描いてきれいに打ち上げる猛者を羨ましく見ながら、私は渾身の力をこめて球を転がす。水溜まりでピタと止まる。

あぁ、疲れた! それでもわいわい言いながら終了してみれば、青空ものぞき日が射す山々は紅葉が浮き立つ。

夜は今日の順位発表や年間優秀者・ホールインワン・ブービー賞などなど、上位の人もそれでない人も等しく沢山の賞品があたる。世話役さんご苦労さん。

登別カルルス温泉には3泊4日という団体さんも。私たちより少し平均年齢が高そう。もう少ししたらこういう旅行組みになるだろう。

e0001808_1629298.jpg 2日目もきれいに晴れて移動する車窓から洞爺湖畔の最後の紅葉見物。

広い大地のアスパラの淡あわとした黄葉の眺めもうっとり。
真狩パーク場ではユキムシが粉のように舞う。あと10日ほどで雪になるのか。
雪虫の舞う頃はいつも暖かいのだ。

無事終了して地元の市場、道の駅と4ヶ所もトイレタイムを兼ねたお買い物ツアーに変身。

赤大根・人参・キャベツ・賞品であたった餅米1キロ。重い!
見れば買いたい女心を笑うなかれ。

また来年も元気でパークに励みましょうとの部長の挨拶で納会旅行散開。

5時近く、猫たちは寂しがっているだろうと帰宅したが・・・なにやらフウロはよそよそしかった。日曜日はチェロコンサート・打ち上げで娘の帰宅が遅かった。
翌日も誰もいない家で相当ストレスを抱えていたらしい。

娘が帰宅したら娘の膝に伸び上がって甘えていた。
ふん! たった一日の留守ぐらいで。


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by oss102 | 2011-10-25 16:31 | Comments(14)
昔のあそび  アーカイブ編 2006・10月30日
 子供の頃、キューピーさんで遊んだ。
キューピーの手足はゴムでつながれていて、自由に動かせた。   背中に小さな天使の翼。
セルロイドで出来ていて、ぶつけてヘコムとお湯に入れた。ポコンと元に戻った。

15センチほどの大きさで、赤いスカートとベストを作ってもらって遊んでいた。

お金持ちの友達の家には、30センチほどのキューピーもあり、玄関には藤娘の大きな人形もケースに入れて飾ってあった。
 
おかっぱで横髪の長いママー人形は、寝せると瞼を閉じ、起こすとパッチリ目を開けた。
起こすときか寝せるときか忘れたが、ママーと声を出した。

着物を着せ大切にしていたが、子供同士、毎日遊ぶのは紙ボッチャンだった。
なんで女の子の遊びなのにボッチャンといったのだろう。
ボッチャンというのは人形の意味なのかもしれない。

マンガの顔を切り抜いて、画用紙で補強して、色紙で洋服を着せた。
スカートを広げて作ったり、着物に帯をして着せたりした。男の子やお父さん、お母さんも作って近所の子達と夢中で遊んだ。

私より10才上の長姉は、少女小説から切り抜いたらしい、それは美しい紙ボッチャンを作っていて、画用紙の応接セットやマッチ箱でタンスも作って、紙ボッチャンのための部屋を一つ持っていた。

羨ましくてたまらなかったが、なかなか遊ばせてはもらえなかった。

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by oss102 | 2011-10-24 16:08 | 思い出
昔の食卓 アーカイブ編 2006年10月28日
 昔我が家は両親と子供5人、私は末っ子であった。

5才くらいからか、円い折りたたみの食卓を準備するのは私の役目であった。

どこの家にもあった直径85センチくらいの赤い食卓。縁には浅い溝が掘られている。
汁物がこぼれても、いきなり畳に落ちない工夫だったと思う。

縁側の雨戸の収納の手前に、それは足をたたまれていて、私は食事どきになると、横に転がして、お茶の間に運び、足を開いて準備した。

おひつにはホカホカ御飯がお釜から移され、布巾をのせてからフタをしていた。
これは姉たちの仕事。

私は赤いお膳の上に、父のお箸、汁椀、茶碗。長兄、次男、母、長女、次女、そして私と、家の位の順序をしっかり守って置いていった。

朝食は父親も一緒にお膳をかこむが、夕食は父だけ別膳で、一合五杓くらいの晩酌をしていた。
母は父の晩酌が済むまでは食事をしないで待っていた。

食べる順序があった。
初めにお汁を一口飲む。御飯を食べる。おかずを食べる。おかずからおかずへの移り箸は叱られた。もっともそんなにおかずは並んでいない。

きょうだいがペチャクチャ喋っていると、「口に食べ物を入れてものを言うな」と父の小言が飛んだ。
食事時の姿勢にもうるさかった。


市の老人ホームの育成園を見学したとき、入居者たちの食事は15分くらいで食べ終わり、さっさと席を外されると聞いた。
食事は別で、あとで気の合った仲間同士でお喋りするのかもしれない。

食事中は、笑って楽しく会話してとは、躾けられなかった世代だろう。

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by oss102 | 2011-10-23 16:05 | 思い出
向田邦子の遺産分け
 邦子はよく旅行をした。留守にするときは猫の世話から留守中の頼み事などにメモして和子に渡していた。

旅先ではどんなことが起こるか分からない。それで万一の時のためにと書いた遺言書のようなものをTVの上の根来の器の中に入れていた。日付だけの何年に書いたのかも分からない、印鑑も署名もない遺言書である。
出発前の慌ただしい時間に脚本用の原稿用紙に書きなぐってある。S銀行の定期には2千万・普通預金には2千500万などとあるが実際にはもっと少なかったり銀行ちがいだったり、金銭にはずさんな邦子らしい遺産分けである。

独身の弟にはしかるべき女性と同居を条件して青山のマンションを譲る。母親と猫を引き取ってと書く。7年後の2通目の遺書には、弟の結婚は諦めたのか、母と猫は和子にとなっている。

洋服宝石は2番目の妹と一枚ずつジャンケンで分けなさいと。我が家もそうだったけど、オヤツなど分けるときは必ずジャンケンだった。実際にはジャンケンはしなかったけど邦子らしい発想である。

のめりこんでいた骨董品や中川一政の絵は日常の茶碗など数点を残して、鹿児島美術館の中の向田邦子コーナーに寄贈してしまっている。

面白いのは家族のモデル料として各50万ずつ。邦子らしい辛辣な家族描写で辟易していたらしい。物書きの家族はいつも被害者だ。


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 明日あさってと1泊でパーク納会旅行に行ってきます。山の方の紅葉はもう終わり、2日間しっかり雨の予報で残念ですが、まぁ、仲間とのお喋り旅行で我慢します。

またこの2日間予約投稿でアーカイブ編を載せますので、読んでいただけましたら嬉しいです。_(._.)_

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by oss102 | 2011-10-22 15:02 | | Comments(10)