仔猫時代 今でもず~っと仲良し
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高峰秀子の本 etc
 映画好きだった私には面白いことばかりなので、秀子の本は紹介したいことばかり。いい加減にしとかないと・・・でもちょっとだけ・・・いや、明日も(*´∀`*)

先日も書いたが図書館には秀子の関連本が31冊ある。そのうち廃刊になっていた渡世日記は文庫本で復刻されてダブっているから29冊だ。
私は25冊読み終わった。

月刊誌に連載されたものを1冊にまとめるから、他の本と何度も同じ文章が出てくる。忘れっぽい私には丁度いいが、作家というものはいいものだな、とも思う。

晩年になって養女になった斎藤明美は、秀子をかあちゃん、善三をとうちゃんと呼ぶ。
私は初めちょっと違和感を持ったし、評論家にもそのことを書かれたと書いていた。

でも秀子の育った下町ではかあちゃんが普通のことで、石井ふく子(TVプロデュサー)の母(伊志井寛の内縁の妻)にも秀子はかあちゃんと呼んでいる。
因みに石井ふく子に強引に頼まれて、ふく子の母のシナリオ[忍ばすの女]を書いている。すでに筆を折ってから久しい70才になってからである。

秀子が明美と親しくなってから、自分のことをかあちゃんというので、明美もそう呼ぶようになったのだ。

気取りたくない秀子はわざとそうしていたのだと思う。
梅原龍三郎・司馬遼太郎のそうそうたるお歴々にも、度々夫婦で招かれてご馳走になっているが、そこでもあたい・かぁちゃんの下町言葉で愛されたのだ。


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by oss102 | 2012-11-30 16:08 | | Comments(10)
渡世日記 高峰秀子  4
 30才までには結婚しようと思ってた折り、「24の瞳」の木下恵介監督のもとには若い助監督が2人いた。 どちらもハンサム・スマート、才能の持ち主である。
川頭義郎と松山善三。 川頭は土地持ちの金持ちの息子。松山は父親は失職、母親は病気、貧乏で苦労している・・と知って松山に傾いた。

木下恵介の仲立ちで小豆島でデートで助かった。ジャーナリストの好餌とならずにすんだ。

結婚の時の秀子の財産は6万5千円ポッキリ。仲人を頼んだ川口松太郎に20万借り、松山が松竹から20万借金して、一切合切をまかなうことにした。 招待客は30名。
養母は留袖を新調することを強い、1度だけ着た知り合いの上等の留袖をもらって母親に渡した。 「母親にお古を着せた!」と養母は罵倒する。

これ以前に、戦後没落貴族などから貴重なものが流れ出た。秀子は一向に宝石などには気が向かなかったが・・・1度だけ、フランスの貴族からというダイヤモンドを30万で買ったことがある。
このときも、「母親も持っていないダイヤを買うとは・・」と半狂乱になった。凄い人である。
この養母が倒れて認知症になり、自宅に引き取って同居し、最後は病院で亡くなるまで、秀子はこのブタ!と憎しむ養母を捨てきれなかった。

松山の両親に初めて会ったとき、母親は「小さい頃から働いて来たそうでご苦労さんなことでした。それなのに善三の収入が少ないせいで、まだ働いてもらうそうで、申し訳なくて・・・」と頭を下げられた。

その時の感動は忘れられない。 一生この人たちを守ろうと心に決めた。
母親とはこういうものかと・・・


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by oss102 | 2012-11-29 14:15 | | Comments(8)
渡世日記 高峰秀子  3
 秀子は軍隊慰問に駆り出される。特攻隊員を前に胸せまって「同期の桜」の2番が声にならず伴奏だけが流れ、それに刺激されたか特攻隊員たちは子供のような号泣をした。

間もなく終戦。日も経たないうちに秀子はアーニーパイル劇場の広いステージで、超満員の米兵の前で歌っていた。
米兵からは貴重な贈り物が届き、昨日までの自分と今日の自分の姿に後ろめたさを覚えながら、生きるためにポピュラーソングを歌うのだった。

楽屋に出入りする中の黄色い兵隊はハワイ日系2世であった。
秀子の持参のオニギリをもらって感激する彼等。
食べたかったら家においで・・と云ったらデッカイバス一杯に2世はやってきた。
米のメシで育った2世たちは、日ごと忘れゆく日本語とは関係なく、米のメシは習慣であった。 「ゴナンガナイト ハラ モタン」広島弁で言う。

軍隊慰問のときも、軍には内緒の軍の物資が届けられたが、アメリカの届けものは豪華であった。
劇場への送迎はジープ。ギャバジンの生地・マクスファクターの化粧品・ウイスキー・ナイロンストッキング・etc・・・

2世ばかりのアメリカ部隊442部隊は、危険な第一線ばかりを選んで果敢に戦い、アメリカへの忠誠を示して評価されたことはみなさんもご存知ですね。

米軍は日本の不衛生を恐れて、日本食は食べられなかったのです。
子供の時の味覚は体にしみつくものです。後で覚える味覚とは次元が違うようです。


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by oss102 | 2012-11-28 16:34 | Comments(6)
渡世日記  高峰秀子 2
黒沢明との初恋
 子役の秀子はひっぱりだこ。男の子、女の子の役もとスタジオを行ったり来たりした。
お芝居ではみんなのセリフを覚えてしまう。 役者がつかえているとモショモショとタイミングよくセリフを教える。 秀子と一緒だとプロンプターはいらないのだった。

養母を秀子は終生「あのブタ!」と憎んだが、この養母は元々面倒見がよいのか、秀子しか稼ぎ手がいないのに、困っている親族を呼び寄せて13人もの世帯になる。
その頃まではスタジオママとして秀子も頼っていたのだが。

少女期になると養母の監視が険しくなり、見張りの女中が付けられた。
16才の「馬」の撮影で、黒沢明は助監督だった。
地方のロケで、1台の車で監督たちと早出の時は人数の関係か、秀子はいつも手足のひょろながい明の膝の間に坐っていた。 彼はその頃26才だったか。

夜、スタッフは酒盛りを始めても明はいつもいなかった。宿の布団部屋で本を読んでいた。
「馬」は四季の風景を撮るために3年ががりだった。
過労で倒れた秀子を抱えて部屋に運ぶ。
何かに驚いて急に走り出した騾馬の上の秀子は首にしがみつく。あわや落馬かとそのとき追いついた彼が抱きしめる。

その後秀子の家の近くに越してきた彼は「遊びにおいで」と誘い、秀子は母親の目を盗んで彼の部屋へ行く。 彼が秀子の肩に手をかけたとき・・・ガラリと開けた戸の向こうに、怒りと憎しみ一杯の母親の顔と取り巻きの男たちの姿があった。

秀子は6日間部屋に監禁される。
その後、偶然彼を見かけて「黒澤さん・・」と声を掛けたが、彼は目をそらして行ってしまった。

平凡な人生でも、あのとき、あぁだったらと、もっと違う道がと思うときがある。
どちらを選ぶにしても自分で作って行く道なのだ。

秀子は松山善三との幸せな50年を作って行った。
明との50年だったら、どんな作り方をしたのか。 それは永遠に分からない。


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by oss102 | 2012-11-27 16:02 | | Comments(4)
渡世日記  高峰秀子
 秀子の本で、一番最初に出た本なのにいちばん後に読んでいるこの上下巻。面白くてたまらない。昭和の映画史がまるごと分かる。

人間嫌いという彼女だが、いわゆる仲間とつるんで遊ぶのが嫌なだけで、共演する大物俳優・監督・原作者・裏方・みんなに特別好かれて交友も厚い。いつも仲間とつるんでいたい私とは大違いだ。

e0001808_1222477.jpg 写真は本の中から
それで細雪こいさんの役で踊りをするとなると、その稽古をつけてくれる人が、武原はん・芦屋ことばを習うのに、谷崎潤一郎の奥さんの妹、舞いの伴奏者として当代随一の宮崎春昇・日本一の床山氏、宇佐美豊次。みんな谷崎のお声掛りである。

ボイストレーナーにしろ歌を習うにしろ、どの場合でも一流についている。自分で選ぶのでなしに、一流の知り合いが紹介してくれるのだ。

彼女は生家が蕎麦屋で、当時そば屋は芸者もおいて遊ぶところだった。人見知りしない秀子は芸者たちに可愛がられて、お座敷に毎日連れて行かれていた。

5才のとき養父に背負われて、松竹の子役募集の最後の列にぽんと置かれて、監督の目に止まったのも、こうしたどこでもニコニコしてた度胸を買われたのだと思う。

私は18才で長姉のところに居候していたが、義兄は松竹の配給会社にいた。その関係で洋画・邦画のチケットをもらって、会社帰りにほとんど毎日映画を見ていた。
そのころ映画の全盛時期で映画館は満員。立ち見は普通のことだった。オサワリくらいの痴漢にもあった。;;
そんなことでキネマ旬報などの映画雑誌も見てたので、登場人物の名もお馴染み。

面白いところをちょこちょこと紹介していきたいと思う。

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by oss102 | 2012-11-26 16:05 | | Comments(6)
シャカシャカ
e0001808_14141780.jpg 私達はシャカシャカと呼んでいるが、正式名はレッグ・マジック・Xというそうだ。

しょっちゅう新聞半面を使った広告が載る。

娘がこれを買うと言ったとき、「絶対続かないから・・」と反対したが、娘は購入した。本体10000円・シート3000円。
3日も経たないのに、内股の筋肉に利くと言い出した。・2階への歩力がついた、という。
そんな簡単に効き目が出るわけないとバカにしてたが、娘は毎日2・30回ほどシャカシャカ続けていた。

私も2階へ行ってちょこっとやってみた。
15回くらいからかなり辛くなる。
内腿叩きたたき、休みをいれながら今は朝晩60回ずつシャカシャカやっている。

e0001808_14241055.jpgところが、これとそっくりさんが載っている。
3980円だなんて、どうしたこと? 特許取らなかったのかしら。パイプの太さとかどこかが違うのしら。

それにハズキメガネもそっくりさんがホーマックで1980円で売られているそうです。
商品の値段ってどうなっているのでしょう。

このシャカシャカ、健康器具の中では一番売れてるそうです。友人も、便利屋のオッチャンも語ろう会の部屋の隅にも置いてありました。

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by oss102 | 2012-11-25 14:37 | | Comments(6)
年齢時速
 先日の投稿欄ぷらざに、年齢時速という言葉が載っていた。
10才の子なら人生時速10キロで進み、80才なら80キロで進むと。 そんな時間感覚のことらしい。 なるほどなぁ・・・もうスーパーではジングルベルが鳴り、お節の見本が山盛りの風景にちょっと待ってよ~とうんざりしていたが。

私には家事はあるが、したくなければ「今日はしなくてもいい」という自由がある。寝る時間も起きる時間も誰にもなんにも言われない。 

自由を謳歌しているつもりだが、考えてみると体力が転げ落ちる速度をなんとか遅くしたいと、体力づくりに一日の大半を費やしている。
その上、頭の機能も転げ落ちる。それもなんとかせねばと躍起になって朗読だ・麻雀だと時間を費やす。

本当は一日グーダラして本など読んでいたいのに。

80キロのスピードに納得がいった。せめて各駅停車と願いたい。


この仔猫の時速はもっと早いかな?
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by oss102 | 2012-11-24 16:03 | 日々のこと | Comments(6)
大きな金具
 兄嫁の右手首には金具が入っている。4年前の大晦日に病院から兄の車椅子を押していて歩道の段差で転倒した。 大晦日のこととてちょっと離れた外科で手当をした。

介護の無理がたたってか骨がつかない。1年経って兄の病院で全身麻酔で金具でつないだ。
また一年経ってまだ、付いていないと再手術した。

骨はついたが、痛みが治らない。冬には体が冷える。そんなことで右手がほとんど使えずにディケアの資格?を得たのだが。

レントゲンでは骨は付いているという。金具を取るか、このまま我慢してくらすか悩んでいた。
全身麻酔で兄が弱ったのを見ているので決断がつかない。
でもようやく決心した。金具を取っても痛むのなら、金具のせいではない・・と諦めが付くからと。

手術して4日目の今日、見舞いに行ってきた。指が動くと喜んでいた。
金具は10c×1・5cもある大きなもので4本のネジ釘とともにビニール袋に入れられていた。
ピッカピカの新品のようだ。 もう1度リサイクルして誰かの骨折に使えばいいのにと笑った。

これで兄嫁の好きな手芸も出来るようになるかもしれない。
人の痛みは100年でも我慢できるというが本当だ。 
片手の不具合ぐらいで、デイケアで税金を使うのだなと思ったのも本当だ。

大きな金具に皮膚も筋肉も引っ張られて、手をひねるような仕事は出来ない筈だ。
気の毒だったなぁ、と心から思った。

湿り雪が沢山降った車道脇の山は、樹氷で白髪の山になっていた。


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by oss102 | 2012-11-23 16:34 | 日々のこと | Comments(8)
犬と猫の肉球のちがい
 猫の肉球の可愛らしさは、飼い主なら何度もぷにゅぷにゅと触らずにはいられませんよね。犬だって固いけど可愛い。 新雪の上の足跡なんて魅力的。

新聞のおまけの小冊子に載っていたことです。
犬は南極の地でも平気で?走りますよね。
犬の肉球には特殊な血管の配列仕組み(動脈周囲静脈叢)がある。
動脈に静脈がまとわりつくように並行に走行している。動脈と静脈の間で熱交換が行われ・・・従って雪原も平気というわけ。

これらは南極のペンギンの肢やクジラの尾びれなどにもこうした仕組みがあるそうです。
なるほど。厳寒時、オスの皇帝ペンギンの足元で卵を温めているのをTVで見たことがあります。

e0001808_14195959.jpg猫は砂漠地帯出身だからそんな仕組みはいらなかったと言うわけですね。

以前室内で飼っていたチビ犬は厳寒日の散歩には、信号待ちになると必ず前足の1本を上げていたものでした。(^^)

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冬も外に出たいフウロには、ワンコの肢の仕組みが欲しかったでしょうね。

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by oss102 | 2012-11-22 14:31 | いとしのネコたち | Comments(6)
ノルディックウオーキング  2
 みんな名札を下げている。班長さんを紹介された。私は5班。「ここはみんな下の名前で○○さんて呼ぶのですよ」と云われ、「アラ、パークでは○○チャンでした。」

10年ぶりくらいの園芸仲間は、初期のころから入っているので超ベテラン。「今日は一緒に歩くから・・」と補助に回ってくれた。

3班に分かれて歩くということだったが、この日は2班に分かれた。グランドをぐるぐる回るのかと思っていたら、どんどん街中の歩道を歩く。前後ろには班長の腕章をつけた男性が信号のところなどで誘導してくれる。

私は遅い方の班に入ったのにかなりのスピードで歩く。慣れないストックを側溝の金網に引っかけて伸ばしてしまう。引っ込めようとしてもドンドン歩かないと列が乱れるので上手く同じ長さに整えられない。
小樽は山坂の多い街。アップダウンを上手に使ってのウオーキングだ。
45分、休憩もなく私にしてはかなりのスピードで歩いた。背中がジンワリ汗をかく。

友人はここ以外にも地方のウオーキングコースへ行ったり、崖のような斜面を登ったりしたという。歩いていると更にドンドン歩きたくなるようだ。

最後の500メートルくらいのところから、彼女は群れを振り切ってスピードを上げた。美しいウオーキング姿が見る間に遠くなっていく。 はぁ、これが上級者の歩きか・・・

パークで芝の上を打っては止まり打っては止まりとは大違い。

帰り、「参加は自己判断。私達は雨の日も風の日も雪の日もいつもここに来ています。」と会長さん。 週に2日では物足りなくていくつもの会に入っている人が沢山いるようだ。

私は札幌へ出ての買い物以外は45分休みなく歩くというのは、最近初めてのことだった。
疲れたけど心地良かった。 せめて週2日は頑張るぞ。


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by oss102 | 2012-11-21 16:05 | | Comments(8)