仔猫時代 今でもず~っと仲良し
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厳しいぞ! 80代
 年末も押し迫ってから喪中につき・・のハガキが舞い込んだ。
夫の姉からだった。 義姉の夫が亡くなったのだ。90才。

夫のすぐ上の義姉夫婦で昔はよく行き来していた。が、夫が亡くなってからは、一通りの法事がすんでからは疎遠になっていた。

子供がいなくて昔は、私の3番目の子を身ごもったとき、女でも男の子でもいいから養子にしたいと、正式に申し込んできたことがあった。
インテリアの会社を起こして小さいながら成功していた。 断ったのだが。
その後義兄のほうの小学生だった甥を養子にしている。

香典を包みお悔やみの手紙を送った。

昨日義姉から電話があった。お葬式は本人の生前からの希望で家族だけで済ませたこと。戒名も付けなかったこと。 入院した義兄を60過ぎになった甥夫婦が毎日見舞って介護してくれたこと・・義姉は心臓を患って週に3度ヘルパーに来てもらっていたこと。

夫婦で老人施設に申し込んでいたこと。 2日前に介護付き施設に移ったことなどを話した。
甥夫婦とは家のことなどで同居できない事情があると。

そうですか。優しい甥夫婦なのも姉夫婦の優しさ、人柄がそうさせたのでしょうね。
ハガキをいただいて娘と思い出話してました。 高校の保証人になってくれたこと、会社のアルバイトさせてもらってお金をいただいたこと・・・夫とよくご馳走になってましたね。

入居して2日目の寂しそうな義姉の声を20分あまりも聞きながら、痛ましい思いに胸が塞がれた。 もっとお話がしたい。天候を見てそちらに伺いますから・・と電話を切った。

義姉は86才。 やっぱり80代は厳しい。


大晦日の記事がこういうことになりましたが、シリーズとしては最適なのかとおもいまして。
明日からの来年も山々よろしくお願い申し上げます。\(^_^=^_^)/ ♪


一休みしてるとフウロが新しいイボイボスリッパにコシコシ
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by oss102 | 2012-12-31 12:40 | 日々のこと | Comments(16)
楽しい70代後半
 先日30日までアーカイブ編です、と予告しました。 あぁ、勘違い。4シリーズと思っていたら3シリーズで終わってました。
それで今日の文は今書いています。(´▽`*)アハハ

 
 70代後半に入って衰えは感じるものの、大病も怪我もせずにきている。本当に有難いことと思う。

70代後半では、朗読の世界に巡り会ったことが大きい。
夢中になって朗読に相応しい本を探した。
4人グループでの割り当て、月に2回では物足りなくて自分だけの朗読先をアタックした。

そして今年の9月、朗読の勉強会(語ろう会)にも入った。

もうどこへ行っても最年長なのだが、めげなくなった。 老人らしい図々しさが身についてきたのか。

収容所の犬ボラも僅か3年足らずだったが楽しかった。 収容される犬がいなくなって活動は休眠状態という喜ばしいことが続いている。
ストックウォーキングの会にも入ったことだし、先日退会の連絡をした。
ゴン・リキ・グウ・みんなみんな可愛かった。

 さて、80代も間近かになった。 80代でも同じ生活を続けたいと願っている。


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by oss102 | 2012-12-30 16:03 | 日々のこと | Comments(8)
アーカイブ編 楽しい60・70代
 私の60代から現在にいたるまでは、全く昨日の4・50代の延長にある。

体力は落ちて遠征が億劫になった分、小樽に越してきて8年ほどが経ち、地元に友達がふえた。

テニスもスキーも地元で間に合わすようになった。

私はサークル好きだが、サークルの例会だけでは、回数も少なく物足りないので、サブのサークル仲間つくりに精をだした。

コートの予約、ボールの購入、集金、連絡、人数確認など面倒なことは全部引き受けて、今日に至っている。

スキーはともかくも、テニスで一番困ったことは、仲間に初心者が入ってくること。

サークルの延長の気分で勝手にコートに来るのだが、だれでもオイデオイデをしていると、必ず破綻がくる。

別の仲間でこれをやっていたグループがあった。 数年でだれもいなくなった。
ゲームをして遊ぶのに、レベルが違うと面白くない。

メンバーの矢面に立たされた私は辛かったが、なんとか話し合って引き取ってもらった。

みな同じに年をとってくるから、定着率は100パーセントに近い。


68才でパソコンを始めた。 ネットの会OSSに入会した。 新鮮だった。

学習会もあるし、パークゴルフも始めた。 忙しくなった。

これからもドンドン体力は落ちていくだろう。

あんなに楽しみだったテニスやスキーが少し色あせてきている。

優先順位が違ってきたのだ。

70代後半、80代になっても、私は自分に都合よく、価値観を変えていくだろう。


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by oss102 | 2012-12-29 16:00 | 日々のこと
アーカイブ編  楽しい4・50代
 昨日、4・50代が楽しかったと書いたら、訪問いただいた方から、どう楽しかったか書いてくださいとコメントがあった。

3人の子を育て、生活のやりくりに必死だった2・30代。 40代になって、ようやく生活にホンの少しの余裕を感じてきた。

スキー、テニス、車の免許獲得と趣味にも力が入りだした。
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みんな遅まきのスタートであったが、あわせて夫の単身赴任。

ここで一気に自由が手に入った。


5人きょうだいの末っ子で、いつも上からおさえられていた生活。

早い結婚では、○○の奥さん、○○のお母さんが続いた。

子供に少し手が放れたころ、PTAの延長みたいな市のおしきせの婦人学級で、○○さんと姓を呼ばれたときの新鮮さは忘れられない。


子供達は巣立って行った。 芯はやさしくはあったが、やはり男の沽券をふり回す夫も、永遠に旅立ち、私は完全に自由を手に入れた。

誰にも許可をもらわないで、自分で自分の時間を決められることの素晴らしさ。

これが私の一番幸せを感じるところだ。


この頃はTVを見るにつけ、結婚しても全く対等で、自由な夫婦が沢山いる。

女も経済的に自立して力を得たのだ。

世の中が荒れて、子供達にも受難の時代だが、女達にはいい世の中になったと思う。

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by oss102 | 2012-12-28 15:02 | 日々のこと
アーカイブ編  価値観は変わっていく
 今日から30日までアーカイブ編を載せることにします。
この4編は2006年12月1日から書いたシリーズのものです。読み返してみてやっぱり今も同じ気持ちでいると思います。 
年末のお忙しいひとときをお読みいただけたら嬉しいです。


 火曜午後はインドアテニスの日。他のグループもいるので30分テニスして
15分休む。

その5人でストーブ談義。 みな私のような高齢者である。・・・であるのにもっと高齢の親を抱えている。
「うちの母親は、元気なうちは子供の世話になるようになったら、迷惑かけるから早く死にたい」と言っていた。それがボケも始まっていまになったら、一日でも長く生きたいというようになった」
72才が91才の特養に入っている親のことを言っている。

我々は、一様にそんなに長生きはしたくないと常々言っているのだ。

ず~っと以前、敬老の日かなにかでテレビで報道していた。100歳になった女性に「今、なにが幸せですか」と聞いていた。

女性は「生きているだけで楽しいです」と答えていた。

そうなのだ。価値観が変わるのだ。

私だって若い頃は40才になったら死んでもいいと思っていた。

年寄りになってなにが楽しいかと思っていたのだ。

ところが40代、50代、と若い頃よりいいことばかり。 結構楽しく生きているではないか。

流行の服を着なくても、ハイヒールを履かなくても、シワが出来ても、毎日毎日楽しんでいるではないか。

若い頃には、重大な問題だった、お洒落は2の次になった。

今こそ、テニスもパークも出来なくなって、目も悪くなりパソコンも出来なくなって、ヨボヨボになってなにが楽しいと思っているが、そうなれば生きている事が有難い、と価値観が変わっていくのだ。 

そうだ、今までだって、ドンドン変わってきたもの。

命とはしぶといものだ。


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by oss102 | 2012-12-27 15:09 | 日々のこと
断捨離
 娘が年末断捨離をした。サーモンピンクのセーターが1品だけ。後は無彩色ばかり。
全部点検してみるが、やはり拾って私が着られるものはない。 好みが違う。

以前は3年着なかったものは捨てろ・・ということだったが、今は1年で捨てろ、と言っている。
私のタンスやロッカーには7・8年着ないものが残っている。
断捨離のプロ・こんまりさんは、ときめかないものは捨てろ、と言っているがときめかないと思って着ていないものでも、数年経って突然ときめくこともあるから困る。

捨てたものでも捨てなければ良かったといつまでも思い出すものがある。
今は腰下までくるミディ丈が流行っている。
私がイタリア旅行をしたのは10数年前。そのときも流行っていて高いカーデイガンを買って着ていったものだ。 それが今着ると丁度良いのに・・・残念なり。

わが家は古い家で収納場所には困らない。いつ死んでもいいようにと断捨離に励んだこともあったが、もうその言葉には乗らないことにした。


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by oss102 | 2012-12-26 16:18 | 日々のこと | Comments(10)
道をあける
 ストックウォーキングは今年最後の例会日でした。 雪がドット来てから、会長の挨拶に「歩行者と会ったときは雪の中に入るほど下がって、立ち止まって下さい。」が毎回入るようになりました。

20人近く繋がって歩いていくと、歩行者は圧力を感じるようです。私達は素早くギリギリまで開けるのですが、その行列の真ん前を通るのがキマリが悪いのか、車道に出てしまう方が多いのです。

この団体の親元の保健所の方にも何か言ってくる人もいたようです。
避けるといってもこんなに狭い歩道の除雪なんですよ。
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これでも良い方でもっとゴチャゴチャの歩道もたくさんあります。後ろに下がるといってもこんなに切り立っているのですから、下がりようがありません。この方たちの後ろにまだ10人ほど繋がっています。

こちらはゆっくり2班の林道コースです。
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年内は2班でいい、と思っていたのですが・・2班で歩くと背中がホカホカと温まる程度です。1班ですと背中に汗をかきます。帰宅して着替えるほどです。

やっぱり1班に入れてもらいました。雪道の舗道はずくずく・ツルツル・中高と夏道の3倍くらいのエネルギーを使います。 転ばないようにと真剣です。


屋根の雪
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by oss102 | 2012-12-25 15:06 | 運動 | Comments(10)
カレンダー
 娘が藤城清治のカレンダーを買ってきた。こういうところは娘の良いところだ・・と感心する。 私なら無料ので済ます。 ちょっとしたことで気持ちも変わり生活も変わるんですが、貧乏性が抜けません。

娘の勤め先からのカレンダーは世界の風景で美しく、書き込みが大きいので気に入っています。トイレ用の犬猫カレンダーは隣の動物病院から・・今年はショウマが膀胱炎で大金?を払っていますので堂々と貰いに行きました。(^^);

私たちの訪問朗読が登録している福祉センターから、不要のカレンダー・手帳などがあれば、高齢者宅へ配るので持ってきて欲しいと手紙がきました。
仲間から8点ほど集まりましたので昨日持っていきました。

こういうことはOSSでメーリングすればもっと集まると思うのですが、取りに行ったりが中々難しく見送りました。

カレンダーは社会生活からはなれれば、中々もらうチャンスがありません。100均でよいのが売っていますが、100均のお店は車のない高齢者には行き憎いし、そういう知識もないようです。

私も貰ったのは車の整備会社からのだけです。車をはなせばゼロということですね。


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by oss102 | 2012-12-24 16:02 | 日々のこと | Comments(6)
語ろうかいの発表会
 今年最後の語ろうかいは発表会でした。9月に発足してもう発表会なんてとビックリしました。まだ7人の生徒の名前も覚えていません。

行けばすぐ発声練習、朗読の練習ですから私語の時間がないのです。

テキストのあまんきみ子作、「車の色は空の色」より・・くましんしを全員が交代で読むのと、一人ずつ今まで使ったテキストを読みます。
お客さんはそれぞれの友人など7人ほど。

終わって懇親会です。先生やお客さんの差し入れのお菓子などで食べきれないほどでした。
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お客さんも生徒も自己紹介です。

書道の文字を読むために・・・銭湯で高齢者の運動を指導をしている人は、反響する室内に負けない発声をと・・・ベテランの朗読の一番うまい人は、別の朗読グループの淡々と読むのにあき足りなくて・・・ということでした。

ここでは表現を大事にしますから、それぞれの読みについての感想などで楽しい会になりました。

くましんしではみんな黒っぽい洋服にストールをかけて。
照明が真上でみなさんの美人顔がひどいことになりましたので、大幅にボカシを入れました。 
楽しい雰囲気をご想像下さい。
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by oss102 | 2012-12-23 17:43 | | Comments(8)
野上照代と黒沢明  2
 黒沢監督のこだわり
「夢」の撮影で、主人公の寺尾聡がゴッホの姿を見つけるシーン。
ここで一番重要なのは、荒れ模様の空にカラスの群れ飛ぶ麦畑。の状況を作ることである。

北海道女満別(メマンベツ)の協力を得て、8月のシーンを想定して5月に大麦の種を蒔き、5・6センチ伸びたところで沈庄ローラーをかける。麦踏みの代わり。
ゴッホの絵の中のカラスは42羽。 地元の自転車屋さんのオジサンの協力で、7月半ばには250羽も集めた。

木箱のカラスたちに、外から仲間の呼ぶ声を聞かせる。カラスは体もその方向へ向けて飛びだす気持ちになる、ということだ。

7羽ずつ木箱に入ったカラスと地元の白い帽子のオバサンやTシャツの学生たち40人が、8月の猛暑の黄金色の麦畑にひそむ。

本番! カラス!のチーフの声。猟友会がバババババン!!と空砲。2回目で完璧にうまくいった。 この間40秒。

「デルス・ウザーラ」というロシアと提携作品では、虎のシーンがある。サーカスの虎なんぞは野生の鋭さがない。眼は濁っている、と言って哀れ子供の虎が捉えられた。
撮影の頃には大きくなったが、イメージ通り動いてくれない。散々可哀想な扱いを受けた挙句、結局サーカスの調教した虎を使った。
子虎の餌代は黒沢の食費より高かったそうだ。

馬・アリなどのこれでもかの動物シーンの苦労が書かれている。
今ならCGで簡単なシーン。

黒沢明はイメージのシーンのためには糸目をつけない。たまりかねた東宝は黒沢プロダクションを作らせ、経費も利益も折半にした。

晩年の黒澤は経済的にも恵まれず、照代が恐る恐る取ってきたサントリーのCMの仕事を喜んで受けた。
自殺未遂もあり、病気で6年間も車椅子で仕事もなく、日頃から「ぼくは映画を作る以外、なんにも出来ない。仕事をしていない時が一番辛い」と言っていた。

栄誉は残したが経済的にも心情的にも恵まれなかったようだ。 
天才とはそういうものか。


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by oss102 | 2012-12-22 16:00 | | Comments(6)