仔猫時代 今でもず~っと仲良し
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カテゴリ:思い出( 243 )

突然死
  ネコ好きな大杉漣さんが亡くなった。 急に心臓が動かなくなってしまうのを急性心不全と一般にはいうのですね。 身近に急に死んでしまったのはフウロ13才。 ネコ好きな方だからネコと一緒にしても怒らないと思う。

この時も驚いたが、私が50代の頃、大変お世話になった男性も突然死だった。
そのころは、しょっちゅうスキー仲間のテニスクラブで札幌で遊んでいた。大会もペンション泊まりの2・3泊も度々あった。

その2泊目の秋のニセコの朝だったと思う。H氏が亡くなっていると周囲が騒ぎ出した。
昨日までテニス三昧、夜は飲み放題の宴会だった。

H氏は、まれにみる優しい男性で、よく初心者の指導をかってでていた。
仲間の大会では、必ず初心者と組む。 テニスもスキーも上級者でフォームもきれい。みんな少しでも上手な人と組んで勝ちたかったのに、いつもそうだった。

私がメンバーを集めていた小樽まで来てくれた。
どうしてあんなやさしい人間ができるのだろう・・とやさしくない私は、いつも感心して甘えていた。 とてもショックだった。 世話役の男性が「やっぱり心臓なら、その瞬間は苦しかったろうな・・」といった言葉が耳に残った。

1年後の秋、H氏を偲ぶ仲間の大会に、和服を着た奥さんがお礼を述べた。

大杉漣は、ネコのドラマしか見ていない。私はドラマを殆どみないので・・でも実力のある役者さんだったようで・・・ご冥福を祈ります。


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by oss102 | 2018-02-23 16:00 | 思い出 | Comments(10)
いい顔
 むかしむかし・・「たけくらべ」が映画になった。主役の信如は津川雅彦。弟分に松本染五郎。
その染五郎が幸四郎になって白鸚になった、歌舞伎界はややこしい。

津川雅彦はりりしい整った顔の少年だった。染五郎は目の吊り上がったキカン坊。主役の美登利を苦しめる。もちろん私は美男子ずき。
何代目というのか、先代の幸四郎はとっても美男子で、映画の主役をしてた。その奥さんがちょっと吊り上がった目の人で、母親に似たのだろう。 残念な顔だと思った。

月日が経って、染五郎は幸四郎になり、立派な役者になり父親になった。
なんと風格のある貌になったことか。 これがその昔、ミッタクナイ・・と思った少年の大人顔とは思えない。

男は40代で顔をつくる・・とかいう言葉があった。日々の暮らしが顔に出る・・ともいう。
まぁ、出るよりも造るの方がピッタリかな。

因みに美少年だった津川雅彦は、名門の一家を率いる立場とはちがって、個人の役者となった。
それなりに出ているのは、個性を強烈に出した役者になったからだろう。
でも、もう私の中の乙女心は、見たくない顔になった。

自分の顔も、できれば見たくなくなったけれど・・・( ;∀;)


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by oss102 | 2018-02-16 16:20 | 思い出 | Comments(10)
チンダル現象
 横文字なんか、なにもかも忘れていくのに、私は忘れない横文字が2つある。
ロールシャッハテストチンダル現象という言葉。

みなさんもご存じだろうが、ロールシャッハテストは、あいまいな映像を見せて、これから何をイメージするかという心理テスト。

チンダル現象は、部分的に射してくる光線のこと。
高校生のとき授業で受けて、なんども思い出したり使ったりしたので、忘れないのだと思う。

快晴の昨日は、一日本を読んでいた。いつもはベットで寝ているショウマ。家族のにおいがあると膝で眠りたがる。重くて窮屈!! でも満足した顔で眠るショウマは可愛い。^^

冬日の斜めの光線が射し込むソファで、ショウマをなでるとパーっと毛が舞い上がる。
「ワァ!こんなに抜け毛が・・」 そこでチンダル現象!と脳に浮かぶ。

田舎の家の縁側には、よく部分的な光線が射し込んだ。チリがイッパイ浮遊している。
息を詰めてホウキで掃除。 ほかのところだって同じくチリは浮遊しているはずなのに。見えるところでは思わず息をとめるのだ。 そのたびにチンダル現象!!と思うので忘れないのだ。

ちょっと調べてみたら・・・
チンダル現象とは、大気中の微粒子が太陽光を錯乱させる結果、現れる光の帯。光の道筋。

雲の切れ間の光は、天国からの光。ヨーロッパでは天国の階段と呼ばれている。
チンダルは19世紀の科学者の名前とありました。


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by oss102 | 2018-02-03 16:00 | 思い出 | Comments(14)
みみかき
 今朝の新聞の健康コラムに、耳をいたわる・大人は掃除しすぎ禁物。と見出しにあった。
長姉は64才で亡くなったが、私は耳かきが原因と思っている。

耳かきが好きで、私をつかまえるとよく耳かきをしてくれた。「わぁ!!イッパイあるう~・・」と感激しながらとってくれた。

姉自身も、いつもマッチ棒で耳かきをしていた。どうしてマッチ棒だったんだろう。
そうして、あるときからバイ菌でも入ったのか、耳を痛がるようになった。
臆病で臆病で・・病院へはどんなにすすめても行かなかった。耳を抑えて耐えていた。

そのうちに、それが原因で胃がんになったのだと思う。胃がんで入院して、介護で心をいためていた義兄は、やっぱり胃がんで姉より先に亡くなった。 姉も間もなく・・・

私はミミアカには無頓着で、いっぱいためて姉を喜ばしていたが、今はときどき補聴器を使うので、耳かきをする。乾いた大きなのが出ると、姉を思い出す。

10才上の姉だったから、一緒に遊んだりはしなかったが、いま思い出してみれば、本当に世話になった。引き揚げで一文無しの両親を助けて、次姉や私を婚家先へ次々引き取って、それぞれドレスメーカーとか、タイプの学校へ通わせてくれた。

義兄は長男だった。実家の弟を引き取って映画技師の勉強をさせていた。
あのころの長男・長女は、よく親族や弟妹の面倒をみてくれたんですねぇ。

ちょっとテーマから外れましたが、耳かきとともに思い出す感謝です。^^

ネネが新年のくじ引きで2等を取ってきました。そのなかのフアフアのキイホルダー・・若いころはフアフアに夢中になっていたショウマですが・・・

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by oss102 | 2018-01-14 16:06 | 思い出 | Comments(10)
成人式
 世の中にはお金持ちのハタチも多いようで、成人式に出るのに、もりもりの格好で、百万かけた。とか言ってるバカ者がいた。
成人になるのは、一生に一度だから・・なんて。
毎日が一生に一度だろ!!と云ってやりたい。

まぁ、憤慨してTVを見てる私だって、一生に一度のこの日を迎えているわけで。しっかり生きているかと問われれば面目ない。 自分のことは棚に上げることにしよう。

最高気温がプラス4℃の今日は、車が派手にしぶきをあげて通る。これが冷えるとまたツルツル路面。
今年の12月はこの繰り返し。なりふり構わずストックついて歩くシニアが増えた。
スキーストックなら、どこの物置にも2・3組くらいはある。

たいして買い物もないのに、少しは歩こう!と市場へ。 ヤヤッ・・正月関連の食品の特売の山。
わが母娘がだいすきなメーカーの生蕎麦が半額!! コンニャク・白滝、LLサイズ65円。イタリアのトマト缶は46円だ。 どんどん買ってカート一杯にしてうんこら引っ張ってきた。
これも筋力トレーニングだ。

帰宅してピーピー警告音をならす冷蔵庫に、ダマレ!ダマレ!!といいつつ買い物の整理。
冷凍庫にはとっくに賞味期限が切れている生蕎麦、たった1割引きのが入っている。(/_;)

どの食品も賞味期限が近い。それが特売の理由なのは知っている。順番にマジックで番号をつける。
ベランダのダンボール冷蔵庫も、日が照ると心配になる。 日陰になるようにカメの内側に置く。

日陰を求めると、どうしても隣家との通路が狭くなる。 冬だけだからガマンして・・・と、連休は暇な私。

成人式のことを書いた過去記事です。 お暇な方はアーカイブ編を読んでください。
m(__)m


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by oss102 | 2018-01-08 14:59 | 思い出 | Comments(10)
車の履歴  2

 自動車学校では、構内運転の時小鳥を轢いた。私が初めての運転で、コトリがコースへ飛び降りた。「アッ・・コトリが・・!!」と言ったのに、助手席の先生は、「いいから、飛んで逃げるからそのまま・・」という。 そろそろ行ったのにコトリを轢いてしまった。初の運転で1つの命を奪ってしまった。 夏の頃だったから、まだ巣立ったばかりのヒナだったんでしょうね。
先生を恨んでも仕方ない。でも一生忘れない・・とその時思った。

坂道発進で1度落ちて、2度目の挑戦で無事合格した。

夫がいなかったこともあり、毎日、夏は暇なスキー仲間を乗せて支笏湖など、空いているコースに繰り出した。

カリーナには何年乗ったのかな。2台目は4輪駆動のスバル・レオーネ。
ハイランドのスキー場へ行くのに、前輪だけでは登り切れずに涙を飲んだことがある。
ちょうど、姪が東京へ転居するので1万円で売りたいと姉から聞いて、早速買った。

たまに帰ってくる夫は、「小さい・狭い・・」と文句を言ったが、1万円・イチマンエンと唱えて文句を抑えた。 4Wのパワーは凄い! 雪道で困ることはなかった。

3台目はトヨタの4Wの後ろが開くタイプ。1800ccだったかな? 車種の名前は忘れた。
スキーハンガーをつけずに、室内へ押し込めた。
これでリサイクル屋の仕入れも配達もした。 この車の購入のときの記憶がない。???

 また、明日へ

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by oss102 | 2017-07-06 16:00 | 思い出 | Comments(7)
車の履歴

 以前にも書いたことがあるが、私が免許を取ったのは48才のとき。
メカには馬鹿の壁が立ちふさがるタチで、決断するのに3日かかった。事故を起こせば地獄・やっぱり止めよう・・いや、やっぱりトライしよう!!

生活が大変だったから、夫も車の免許は遅かった。かなり苦戦してたようだ。
その後、長男が取り・ネネが取った。
春スキーのときなど、スキー場まで迎えに来てもらったことがある。夫も練習したかったのだと思う。

ネネの取り立ての時、夕方、同乗してどこか走っていたとき、すれ違う車が「ライトがついていないよ」・・と何台も合図を送ってくれる。 早く点けなさい・・と言っても、走りながらでは点けられない初心者ばかりだった。

夫が沖縄に転勤になり、長男もネネもいなくなり、高校生の次男とガレージのトヨタカリーナが残されていた。

そこで、テニスで膝を痛めて暇な女に、免許取得の誘惑が襲い掛かったのだった。
そのころ、テニス仲間の主婦たちも、次々と自動車学校へ通い、テニスコートも、そんな話題がたくさん出た。

以前のこんな思い出話を覚えている、頭の良い方。 書いた記事が見つけられないので、かなり重複して書きますが、カンベンしてくださいね。 

          つづく・・・


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by oss102 | 2017-07-05 17:25 | 思い出 | Comments(6)
子どもが赤ん坊だったとき
 OSSメーリングに、ときどき面白いメールを流す男性。
今朝は、北海道新聞に載った自分の投稿文のことだった。私は違う新聞なので読んでいないのだが、概要はこういうことだ。

空き家の隣家に孫娘夫婦が住んだ。この男性夫婦にとってはひ孫にあたる。赤ちゃんが生まれて、孫娘は殆ど日中はわが家に。 眠れなかったと2階へ寝に行く。 老妻は上手にあやして大人しく腕の中に寝せています。 子育てに頑張ってくれた妻に、今ごろ手を合わせている私です。母親はすごいな~と思います。


私もネネを産んで2時間おきの授乳のことを思い出した。パンパンに張るオッパイを上手に飲めないネネ。23才の私は辛かった。この苦しみはいつか思い出になるのだと頑張った。
長男も夜泣きして困った。となりで寝ている夫が憎かった。

育児ノイローゼになる母親が多いという。周囲に支援してくれる両親も知り合いもなく孤独な日々。

今、騒がれている警察官一家の殺人。母親は育児に疲れて夫にあたっていたのかな・・
夫は一切をリセットしたかったのかな・・普通の幸せ家族にひそむ暗闇。 憶測でしかないのだが。
9才と6才では、赤ん坊の育児とはいえないが、根はそのときから引きずっていたのかなと思う。

今は、遠慮なく夫にあたれるようになった世の中。そんなとき、大きな心で妻を支えてくれたらと思いますが、大抵の男性は、ひ孫くらいの時代になってからでないと、妻に手を合わせる気持ちにはなれないのでしょう。


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by oss102 | 2017-06-11 16:04 | 思い出 | Comments(10)
あと1ヶ月
 7月で車検が切れるので、それで廃車と決めた。13年間のわがレピオは、マフラーが錆びているので、取り換えには15万ほどかかるので、もうこの車では車検はとれない・・と引導を渡されていた。 ちょうどハンドルを放すのには潮時かもしれない。

税金・ガソリン・保険・除雪代ほかもろもろの維持費を考えると、それを上回る必要性はないと判断した。
ほぼ、34年間、スピード違反1回・駐車違反2回・1時停止違反1回。人身事故0とまあありがたい車歴だ。

48才で取得して以来、スキー・テニス・パーク・リサイクル屋とほとんど1人で運転してきた。
旭川・富良野・ニセコ・雪道も一人でバンバン走った。
リサイクル屋はよい経験だった。

私の人生を豊かにしてくれたと思っている。もし人身事故を起こしていればそんなことは言えまい・・という人もいるかもしれないが、ここでタラ・レバを言っても始まらないではないか。

7月・7月と思っていたら、よく見たら7月7日で切れるのだった。
廃車手続き・駐車場明け渡し・などの手続きも済んだ。

花苗・培養土・モロモロ走り回ったが、なんでも配達してもらえる世の中。ネット注文が1番速い。

あとひと月、慎重に運転を楽しもうと思っている。


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by oss102 | 2017-06-07 16:02 | 思い出 | Comments(17)
運動会の思い出
  昨日の運動会練習風景で思い出した運動会。 
ネネ9才・長男6才・次男0才・私32才。
私は6月半ばに次男を生んで、退院したばかりでした。

5月の陽気とは反転して、寒いさむい6月の運動会でした。実家から父母が応援に来てくれました。
母62才・父72才・数えやすいでしょ^^ だから50年前になります。

団地に引っ越してから初めての運動会でした。当時、周囲には大きな建物もなく空っ風が遠慮なく吹きまくります。

父母が毛布など抱えて運動会に行ってくれ・・私はまだ床上げしてなくて布団を敷いたままでした。
昔は日があけるまでは、水仕事をしてはいけないと言われていました。産後20日くらいだったかしら? それでも掃除をしてない家は汚くて、父母が出掛けると、一生懸命拭き掃除をしたのを覚えています。 なぜか夫はいませんでした。出張だったのかも・・記憶なし^^

2時過ぎ、冷え切った体で父母が帰宅し、ストーブの火を大きくしました。

母は、長女の一人息子・次女の3人の子・我が家の3人の子、全部産湯から日があけるまで手伝ってくれたのです。 父はもれなく連いてきました。^^
全く男親は役に立たず、昼間から焼酎を飲むので嫌でした。 でもこの二人は切り離せません。

50年前、当然ながらみんな若かったです。
私は、末っ子の小学校の運動会を最後に、運動会見学を止めたようです。中学校の体育祭の記憶がありません。

それに・・孫もいないので、産後の手伝い経験もなし・・その分子供たちに、母のありがたみも味わせることなくきてしまいました。

今の娘さんなどは、お母さんがまだ若くて仕事も持っているでしょうから、産後の養生も短くなったかしら・・今は栄養もいきわたっていますから、短くていいんでしょうね。

運動会の思い出から話がそれました。^^


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by oss102 | 2017-05-24 15:04 | 思い出 | Comments(6)